第96話 再会
ひどい目に遭った。まさか缶詰のふたを開けるだけで吐きそうになるとは。
ゲーム内なのにまったく手加減なしだ。世界一臭い食べ物のレッテルをこれでもかと再現してきやがった。
おまけに味はすさまじく甘かった。
桜でんぶを数百倍濃縮したような甘さとねっとり食感。暴力的な甘味に一瞬美味くねと錯覚して、すぐに猛烈な生臭さで吐き気をもよおした。
マイハウスに臭いが残っていたみたいで、しばらくきら丸やラムネが寄りつかなかった。
「くっそー、まだ鼻の奥に残ってる感じするなぁ」
俺はきら丸たちを連れてジャングル内を歩いている。
自然の芳香で嗅覚をリセットするため、ではもちろんない。アクジキーに食わせてどんなデバフが起こるか確かめるためだ。
広場にたどり着いた。
相変わらずボス猿は木の上でバナナをむさぼっている。バーサク状態でなぐり散らされていた部下は傷一つない状態で待機している。
今度はどんな地獄絵図が実現するんだろうか。怖いものみたさで胸の奥がバクバクする。
俺はポーチからニュールネトリオングの缶詰を取り出した。地面の上に置いてふたのつまみを握る。
息を止めて鼻をつまみ準備完了。カチッとした音に遅れて地獄の門が開かれる。
「キュッ!?」
「ピィィッ!?」
きら丸とラムネの悲鳴が上がった。振り向くとペット二匹が走り去って茂みの向こう側に消える。アクジキーの部下も悲鳴を上げて走り去った。
こうかはばつぐんだ。
「さあ食らえアクジキー」
俺は缶詰から離れる。しゃべってしまったけど、録画機能を使えば肉声だけを取り除ける。ノウハウのあるズビズビさんと知り合えて本当に良かった。
アクジキーが枝から降りて駆け寄ってきた。
さすが悪食のボス猿。激臭まき散らす缶詰を前にしても臆しもしない。度が過ぎた甘さの保存食を秒でたいらげた。
アクジキーの体がビクッと背筋を反らす。
例のごとく暴れ出した。それも長くは続かず動きがどんどん遅くなる。
「状態異常入ったかな」
俺はショップで購入した見通し双眼鏡を目元に近づける。
双眼鏡をのぞき込むとアクジキーの上に知力低下Lv5の文字が見えた。どういうデバフなんだろ。
アクジキーがぺたんと地面にしりもちをついた。大きな口からよだれを垂らしながらぼーっとして空を眺める。
じっと待ってみるけど何もアクションを起こさない。
「……きら丸たちを探しに行くか」
実りなかったなぁ。
そんなことを思いながら身をひるがえすと物音がした。振り返った先で立ち上がったアクジキーと目が合う。
「もう状態異常が終わったのか?」
俺はヴォルテクス・ハチェットを引き抜く。
アクジキーが俺の頭上を飛び越した。巨体がそのまま茂みに消える。
「どこ行ったんだ」
てかきら丸とラムネが逃げた方に走っていったな。追いかけて戦闘になっても面倒だしどうしたものか。
遠くの方から足音が迫る。
再び武器を構えると茂みからアクジキーが飛び出した。両腕にはきら丸とラムネを抱えている。
俺は思わず目を見張る。
「何できら丸たちを」
攻撃するならわざわざここまで戻ってくる必要はない。遭遇した場所で交戦すれば事足りる。
一つの可能性が脳裏をよぎる。
「もしかして、俺がきら丸たちを探すって言ったからか?」
エネミーがプレイヤーの言うことを聞く。そんなことがありうるのか。
もしやそれが知力低下Lv5の効果なのか。とんでもない状態異常だ。
きら丸たちの体が地面に落ちた。アクジキーが頭をブンブン振って口元のよだれを拭く。
双眼鏡で除くとデバフが解除されている。
バーサクの効果時間はもう少し長かった。知力低下は効果が強力な分、効果時間は短めのようだ。
「色々使えそうだけど、プレイヤーに食わせてもデバフが発生しないのがネックだな」
もっともねっとり超甘と激臭が精神を削るけども。困った時にふたを開ければ大半のプレイヤーは悲鳴を上げて逃げるに違いない。
「そうだ、NPCに食わせたらどうなるんだ」
でもNPCだって悲鳴を上げる。何も悪くないNPCにあんな劇物を食わせるのはかわいそうだ。
他にいないか。
大して親しくなくて、劇物を食わせても胸が痛まなそうな、そんなNPC。
「あ」
いるじゃないか。敵で、親しくなくて、ひどい目に遭わせても大して胸が痛まないNPCが。
「ウガアアアアアッ!」
アクジキーがドラミングを始めた。劇物を食わされてすっかりぷんぷん丸だ。
まずは、逃げねば。
俺は逃げた。
そんできら丸とラムネを回収してマイルームに戻った。俺は倉庫から回復アイテムやその他を引き出して出発の準備を整える。
「精霊界に行くの久しぶりだな」
最後に行ったのは出張の前だったか。
俺が関与しなくても村は発展する。今はどんな感じになってるんだろ。
いざ出発。俺はコンソールを開いて鍛冶工場に転移する。
質素、とは少し違う空間が広がった。増えた備品が部屋の隅を飾って物々しさをかもし出す。
人工的な音声が上がる。
「お久しぶりですマスター。お元気そうで何よりです」
「久しぶりゼロワン。シルネ村はどんな調子だ?」
「順調に拡張が進んでいますよ。果物や野菜といった食料の自給はもちろん、ノームたちと協力して鉱石の発掘も行われています」
「そこまでしてるのか。もう立派な経済だな」
鉱石があれば武器や防具が作れる。
カジさんがいるから加工には困らない。ずっと妖精たちの防具を新調してないし手間が省けるってものだ。
「カジさんはいるか?」
「はい。鍛冶場で作業しています」
「ありがとう。行ってみるよ」
俺はきら丸たちを連れて鍛冶場に足を踏み入れる。
夏のように熱い空間に小さな人影が動いている。隆々とした腕が大きなハンマーを振り上げて紅いかたまりをカンッと鳴らした。
「おーいカジさん」
そでをまくられた腕がピタッと止まった。
「おおフトシ。ずいぶん久しぶりに顔を見た気がするぞい」
「俺もだよ。調子はどうだ?」
「見ての通り絶好調だぞい。鉱石発掘が始まったおかげで色んな物作れて楽しいからのう」
「そりゃ何よりだ。どんな物作ってるんだ?」
「大半は妖精たちが身に着ける装備じゃな。スプリガンの術で武器をあつかえるのはでかいからの。得物の性能を少し良くするだけでもだいぶ違うはずだ」
今の妖精軍は組織化している。上昇量が1でも人数分の掛け算が加わると考えれば無視できない数値になる。
「そうそう、新しい拡張パーツも作っておいたぞい」
「拡張パーツ?」
それって、まさか!
期待に胸をふくらませる俺の前でカジさんがデンとそれを置く。
「今回のは互換パーツじゃ。仮にマーク2としよう。マーク1と違って瞬時の冷却はできないが、魔法を使うたびにこっちの装置に熱がたまる。それを放出して大ダメージを与えるって寸法じゃ」
「つまりロマンだな!」
カジさんがサムズアップで保証する。
ビーム法とはまた違うが熱線もまたロマン。俺はまた一歩あこがれの階段を上がってしまった。
「ゼロツーはどこだ」
「あやつは散歩に出かけたぞ。お主がいない間に村も拡張されたし、ゼロツーを探すついでに色々見て回るといいぞい」
「分かった。ありがとうカジさん」
俺はきら丸たちを連れて鍛冶工場を出る。
「おお」
俺は思わず感嘆の息をついた。
あちこちに建物が散らばっている。木製ながらも精巧な造りが視線を引く。カジさん主導で妖精たちが建てたことがうかがえる。
「まるで異世界に来たみたいだな」
いや異世界なんだが、この前来た時とは景観が違いすぎて落ち着かない。ちょっとした旅行気分だ。
遠くの方に大きめな建物が映った。
小奇麗で見るからに目を惹く建物。自然と靴先が向いて入り口の前まで来た。
「近くで見上げるとまた壮観だな」
前にある扉も品がある。こういうのってノックすりゃいいのか?
手甲で三回小突く。
返事がない。俺はそーっと扉を開ける。
赤いじゅうたんが歩みを誘うように奥へと伸びている。がらんとした空間に靴音を響かせて内装を見渡す。
整えられた様相が人工物ならぬ妖工物を思わせる一方で、活き活きとした天然素材が生きた森の中にいることを錯覚させる。上方の窓から差し込む日光が何とも温かい。
歩いた先で中庭に出た。俺は歩行スペースの石だたみに靴裏をつける。
エントランスよりも日当たりのいい空間に緑が広がっている。アクセントとして赤や白の花が散りばめられている辺りに美意識がうかがえる。
正面に一際大きな樹木が映る。
太い枝の上に華奢な人影がある。動きやすそうな丈の短いドレスに騎士のごとき品のあるロングブーツ。白いひらひらが侵しがたい雰囲気を醸し出している。
透明感のある羽の持ち主が俺に気づいた。青空に向けられていた視線が俺たちを見下ろす。
エメラルドのような瞳と目が合った。大きな両目が見開かれて少女の体が前に傾く。
危ない!
そう告げる前に少女のおしりが枝から離れた。羽がふわっと羽ばたいて落下の勢いを弱める。ロングブーツのヒールが石だたみに触れてコツッと音を立てる。
整った顔立ちに笑みが浮かんだ。
「フトシさん!」
すらっとした脚が石だたみを踏み鳴らして迫る。
身構えるひまもなかった。正面から抱き着かれて首の後ろに腕を回される。フローラルな香りに鼻腔をくすぐられる。
誰だこの子!? 妖精界に人間の知り合いなんていない。誰かと間違えているんじゃないか?
問い掛けを紡ごうとして、陽光を吸ったような色合いの髪が映る。
その上にあるティアラを目の当たりにしてギュワッと思考が加速した。
「まさか君、アメリアか⁉」
間違いない。体の大きさや髪の長さは違うものの、少女の頭部を飾る装飾品は、俺がクラフトした陽光のティアラだ。
「はい、私アメリアです。お久しぶりですねフトシさん!」
小さな顔がとろけるような微笑で満たされる。




