第94話 釣り
三日間の社員研修を終えて帰りのバスに乗った。周りが疲れて寝息を立てる中、俺は電子メモ帳にまとめた内容を吟味する。
料理に用いる調理機器や食材を書きまとめた。必要なレアアビも記載した。後は帰宅してゲームハードをかぶるだけだ。
バスを降車して解散を告げられた。俺は帰途についてマンションの自室に入る。
シャワーを浴びた。
夕食を腹に収めた。
その他もろもろ済ませてさあゲームだ。ヘルメット型のゲームハードを頭にかぶる。
「ずいぶん久しぶりな気がするな
ここ最近毎日ログインしてたもんなぁ。三日ぶりなのに数週間空けたような気さえする。
俺はベッドの上に横たわってログインした。視界内が一瞬漂白されたのちマイルームが映る。
「帰ってきたな」
しみじみとした心持ちで建物の中に入る。
玄関に踏み入ると奥の方で物音がした。小さな影がぴょこんと廊下に現れる。
「キュ!」
「ピーッ!」
きら丸とラムネだ。丸っこい体が床をぴょんぴょんして一直線に迫る。
「おっと」
きら丸が胸元に飛び込んできた。ラムネがピーピーと鳴きながら俺の周りをぱたぱたと飛び回る。
「きら丸、ラムネ。寂しい思いをさせてごめんな」
ペットには何も言ってなかったも同然だしな。動画を作る前にお菓子作って埋め合わせするか。
俺は壺に素材アイテムを入れてお菓子をクラフトした。きら丸とラムネにお詫びを兼ねておやつを差し出す。
二匹のペットがおいしそうにお菓子にがっつく。
妙に新鮮に映る光景だ。思えばクラマギ世界でおいしい料理を食べたことはなかった。怪人コケッコーの件で食べ物イコール動画に思考が偏っていた。
「そうだよな、本来料理っておいしくいただくものだよな」
みんなおいしい料理が大好きだ。それを作る動画は伸びる。
だからこそゲテモノも注目される。甘さ特化動画も伸びるはずだ。
俺はおやつを食べて機嫌をよくしたペットたちを連れてアトリエに踏み入る。
動画を作るには食材、食材を得るには道具がいる。
俺はその道具を作るべくアトリエの壺に素材を放り込んだ。久しぶりなミニゲーム、腕が鳴るぜ。
ウィンドウが展開された。
画面に映ったのは2Dのゲーム画面。画面の半分以上を占める水の上にいかだがプカプカ浮いている。
いかだに乗っているのは、見るからに無人島帰りなシャツ一丁の男性。ほおがコケてヒゲぼおぼお。いかにもお腹が空いていそうだ。
と思ったら男性の腹がくぅ~~っと鳴った。男性が長い枝でこしらえた釣り竿を振る。
釣り針がポチャンと水中に沈む。
水中を横から見たような景観に色々な魚が映る。
要するに魚を釣って男性に食わせろってことか。面白い。
「やってやるぜ」
俺は魚の動きを見てボタンを押す。
予想通りボタンを押すことで男性が釣り竿を振り上げた。黒い魚が引っかかって男性の元に届く。
男性がよろこんで魚をカゴに入れた拍子に10Pの文字が表記される。
俺はリズムに乗ってボタンを押す。
5P、15P、30P。魚の種類で得られるポイントが違うようだ。かなりの速度で釣り針を上げ下げするさまは中々にシュールだが、ちゃんとリズムゲーになっているから2Dでもミスなくこなせる。
見た目のチープさとは裏腹にそこそこ楽しめた。
レア度3
『グレートな釣り竿』
アビリティ【食いつきフィーバー】
素晴らしい出来。このレベルの物は中々お目にかかれない。
これで釣り竿完成。釣り餌の方はショップを眺めて、釣る対象の好みに合わせた餌アイテムを購入した。
俺はきら丸とラムネを連れてマイルームを後にした。
向かう先はジャングルにある湖。一度幼体だったラムネの体を洗った場所だ。
俺は桟橋にチェアを置いて釣り竿を握った。釣り針の先端に釣り餌をつけてヒュッと放る。
ぽちゃんとした音に遅れて水面に波紋が広がる。
静かだ。深く空気を吸い込むと濃厚な自然の匂いがする。自然と一体化したような心地良さに任せてぼーっとする。
「キュ」
「ピィ」
じっとしているのに飽きたのか、きら丸とラムネが視界の隅から消える。
水の跳ねた音を耳にして振り向くと、水面にきらきらしたじゅうたんが広がっていた。うつ伏せに伸びているラムネとともにぷか~~っと漂う。
さてはきら丸、じゅうたん形態で浮くのにハマったな。
そんなことを考えた瞬間手元がピクッとした。
「お、来たな」
俺は釣り竿を振り上げる。
中々の手ごたえに遅れてザバァッと魚が飛び出した。活きのいいそれが桟橋の上でビチビチと身をくねらせる。
魚を手で持ち上げるとウィンドウが表示された。
レア度1
『ハラタチウオ』
怒りマークに似た模様をもつ魚。食べると腹が立ってくる。
「食べると腹が立つってどんな味なんだ」
相当まずいんだろうか。それとも食べるとアドレナリンやら何やら分泌されて興奮するとか。
目的の魚とは違うがとりあえずポーチに収めた。
「釣れるかい?」
振り返ると知らないおっさんがいた。麦わら帽子にラフな格好。いかにも釣り師を想起させる出で立ちだ。
「今釣ったのが最初の一匹です」
「そうか。まあ釣れんだろうなぁ」
「と言うと?」
「クラマギの釣りはとにもかくにも釣り竿の質! 見たところ君の釣り竿はレア度1、いや2だろう」
3だけど。
そう思う俺の前でおっさんが言葉を重ねる。要するにおっさんはショップで購入した釣り竿を自慢したいようだ。
聞けばおっさんは釣り師として活動しているらしい。釣りにもレアな魚があるようで、料理や装備作成など幅広く需要があるのだとか。クラフトと同じで釣りを極めたプレイヤーもどこかにいるのかもしれない。
おっさんが離れた位置にチェアを置いた。ここで釣りをするらしい。
おっと、また来た。
「よっと」
釣り竿を振り上げる。
今度はレア度3の魚が釣れた。おっさんが顔を近づけてメガネをクイッと上げる。
「ほお、バラマキウオが釣れたか。そんな釣り竿でも釣れるもんだな」
「まあな」
俺は魚をポーチに収めて三度釣り竿を放る。
またヒットだ。
今度はウマイウオ。生食のできる魚で、食べるとHPの自然回復量が上がる。
所持できる回復アイテムの種類を増やせるのは利点だ。覚えておいて損はないか。
「な、中々やるじゃないか」
「そっちはどうだ?」
「焦るな。釣りはじっくり待つのが肝要だ」
「そうかい」
待つのが大事なのは同感だ。でもやっぱり釣りは釣れないと楽しくない。
その点俺がクラフトした釣り竿のアビリティは釣りに適している。魚が釣れたら同じ場所で魚がかかる確率にボーナスが乗る。
名の通りまさにフィーバーだ。
「またまたヒット」
俺は釣り竿を振り上げて、針に引っかかった魚をおがむ。
レア度4
ハラグロハクニシン
体にいい成分が豊富な怪魚。保存食にした物があまりにも有名。
目的の魚だ。これでここに用はないな。
「何でそんな釣れるん」
ビクッとして振り返る。
おっさんがすぐ背後に立っていた。
「おわぁっ⁉ 真後ろに立つな!」
「だって釣れてるし。その釣り竿そんなにレア度高いの?」
「レア度はそこそこだな。でもグレートだぜこいつは」
「どういうこっちゃ」
だってグレートな釣り竿なんだから仕方ない。
心の中でつぶやいた刹那、おっさんの釣り竿がピクッと揺れた。
「何かかかったぞ」
「え? お、ついに来たか!」
おっさんが活力を取り戻したようにレールを巻く。
ピピピッとした鳴き声に遅れてきらきらしたのっぺりが釣り上がった。
「な、何だこいつは⁉」
おっさんが情けない悲鳴を上げて桟橋にしりもちをつく。
きらきらしたのっぺりが釣り針から離れて丸みのあるフォルムを描いた。その上にラムネがとまる。
「何だきら丸か。駄目だぞいたずらしちゃ、このおっさん魚釣りたがってるんだから」
「キュ!」
キリッとした空気。してやったりとか思っていそうだ。
「大丈夫かおっさん」
「きら丸……」
おっさんがバッと振り向いた。
「さてはあんた、フトシか!」
「呼び捨てやめい」
「フトシってことはその釣り竿、レアアビつきなんだな! 売ってくれ!」
「いや、レアアビかどうかは調べてな――」
「いい値を出す! 売ってくれ!」
「既視感あるなぁこの流れ」
一応攻略サイトを開いて調べると食いつきフィーバーはレアアビだった。
目的の魚は釣れている。俺はいい値を得て釣り場を後にした。




