第89話 再生数爆上がり
早朝。俺はクラマギにログインして動画の視聴回数を確認した。
「五百ちょっとか」
想像をだいぶ下回った。初めての動画投稿だったしこんなものか。
俺はちょっとした落胆を胸に抱いて会社に出勤した。
業務を終えた昼休み。俺は小川と肩を並べて食堂のチェアに腰かける。
「フトシ、ニワトリ知ってるか?」
「ああ。てか知らない奴いるのか?」
「卵産むニワトリじゃねえよ。クラマギのニワトリだ」
「クラマギの? もしかしてレアエネミーか」
「違う違う、配信者だよ。ニワトリのかぶり物した奴が料理食べるんだ」
それ俺のこと!
なんてもちろん言わない。人違いだったら超恥ずかしいし、自意識過剰なフトシくんなんてあだ名がつきかねない。佐原に知られたらどんだけいじられることか。
「小川は料理系の動画好きなのか」
「ああ。何か見たくなるんだよな」
「どんなネタが好きなんだ? やっぱりおいしい料理の作り方か」
「おいしいつうか、安価でおいしく良質なバフをもれる料理だな」
「欲張りめ」
「おいおい、安くておいしくバフ盛りは大事だぞ? 俺ら戦闘職はつねに火力を求めてる」
「筋肉のためにか?」
「そう筋肉だ。今シックスパックなんだが、見るか?」
「見ない」
「結構自信あるんだよ。最近プロテイン変えてさ、結構いい感じなんだ。見るか?」
「見ないっつの」
「なーに話してるんですか二人とも」
振り向くと佐原が目を細めていた。
「筋肉だよ。最近腹筋が六個に割れたんだ」
「すっごくどうでもいいです本当にありがとうございました」
「少しは興味持てよー。女性も運動大事だろ?」
「そりゃそうですけど、腹筋を六個に割る予定なんかありませんよ」
「今の内にやないと後が大変だぞ? せめて食事だけは気をつけとけ」
「それなら佐原は大丈夫だと思うぞ。俺より気をつけてるみたいだから」
「ちょっ、先輩」
「あのトマトとツナのパスタうまかったな。俺んちで佐原が作ってくれたやつ」
小川が目を丸くする。
二回ほどまばたきした末にニヤついた。
「へえ~~倉坂の自宅でねぇ」
小川に視線を振られて、佐原の白いほおが微かに赤みを帯びる。
こほんと咳払いの音が続いた。
「そういう話題は倉坂先輩の方が明るいんじゃないですか? 以前野球やってたんですし」
「まあな。でもボディビルに興味ないから小川にはついていけん」
「ってことは先輩、今お腹ぷにぷになんですかー?」
今度は佐原がニヤついた。
まずい、なめられる。
先輩の威厳を守らねば。
「そんなことないぞ、自宅でできることはやってるからな。腕立て伏せとか」
「ほんとですかー? じゃあ力こぶ作ってみてくださいよ」
「ほれ」
俺は右腕をくの字にして筋肉を隆起させる。
佐原が両手で俺の力こぶに触れた。
「わぁ、かっちかちですね」
「だろ」
細い指が力こぶを押す。やわらかな感触が伝わってきて少しこそばゆい。
佐原に気にした様子は見られない。夢中になって筋肉の固さを堪能している。
背中越しにいくつか視線を感じる。
だんだん気恥ずかしくなってきた。
「もういいか?」
「あ、すみません。もう大丈夫です」
佐原が腕を引っ込めた。
俺はほっとして腕を下げる。
「佐原は昼食食べたか?」
「いえ、今からです」
「じゃあ一緒に食べないか」
「そうします。となりいいですか?」
「ああ」
佐原が背を向けて昼食を取りに行った。
数分後。となりのチェアに佐原が腰を下ろす。
「そうだ先輩、ニワトリって知ってます?」
「お前もそれか。知ってるけど大したことないだろ。再生数は五百程度なんだから」
佐原が形のいい眉をひそめる。
「五百? 何言ってるんですか。再生数もう六万超えてますよ」
「え」
六万? そんなわけあるか。俺は今朝確認したんだ。
投降した動画はあれ一本。再生数が百倍以上になるわけがない。
俺はスマートフォンを取り出して自分の動画を検索する。
動画の再生回数が十万を超えていた。
「え、十万!?」
佐原が横からのぞき込む。
「おお、やっぱりもう十万超えてましたか」
「何でこんなに伸びてるんだ。辛い物食べてるだけなのに」
「何でって、面白いからですよ。辛さにむせてるところなんか笑っちゃいますし」
「佐原、お前ひどいやつだなぁ」
「ご、誤解しないでください! 私は一般的な意見を代弁しただけですから! 小川先輩は分かりますよね?」
「まあ、誰もやりたがらないことをやると伸びる印象あるよな。今回の動画なんてまさにそれだろ。レアアビや素材そろえるとこから多額のマニーが必要だし、でき上がった料理はマグマって称されるくらいの激辛だぜ? 食べたくないだろそんなもん」
「まあな」
あれはとにかく辛かった。一個食べるのが精いっぱいで今も作り置きが残っている。
料理は食べ切らないとバフがかからない。バフの内容を見せるためにどれだけむせたことか。
でもやっぱり動画が見てもらえたのは嬉しい。モチベーションがふくれ上がるのを感じる。
よし、帰ったら新しい動画作るか。




