第8話 いくらまで出せる?
洞窟を出ると日が落ちかけていた。
せっかくの夜の山。俺は『高山テント』を張る。
さっきまで感じていた肌寒さが嘘のようにやわらいだ。
「これが高山テントの特殊効果か」
寒さを軽減するアビリティなんてのもあるんだな。
じゃ高山ランタンはどうだ。
「お、きれいな光だな」
ほのかな水色を帯びた光。氷晶石を使っているから不思議な色合いだ。炎を思わせる温かな光もいいけど、氷の中にいるような非現実感が演出されてこれもいい。
つまみとビールを出してやすらぎのひと時を楽しむ。
全然虫が寄ってこない。森でキャンプした時はうっとうしいくらい寄ってきたのに。
「高山ランタンのアビリティのおかげか。いいなこれ」
灯りの色を変えられるように調整すればバカ売れしそうだ。いつかそういうレシピも解禁されるんだろうか。
「やあクラフターの人」
振り向くと山男。この前洞窟の場所を教えてくれた男性だ。
「こんにちは山男さん。こんな夜中に発掘ですか?」
「ああ。夜中になるとレアな鉱石が出るようになるからな。たびたび来てるんだ」
「まじっすか、それ知らなかったなぁ。また潜らないと」
「お前さんはまっとるなぁ」
「発掘にですか?」
「クラフトマギアにだよ。リアルじゃ面倒なことが多いからこっちでキャンプする人はめずらしくないが、銅製の剣を振るような初心者がもう高山セットをそろえてる。ちょっとやそっとのやり込みじゃそうはならんぞ」
「やっぱ初心者武器ですよねこれ」
便利なアビリティがついてるから忘れがちだけど、銅製の剣はレベル1から装備できるれっきとした初心者武器だ。周りから見たらガッチガチの初心者に見える。
レベル20が近づいてきたし、そろそろ武器を新調しなきゃだなぁ。
「ん?」
山男さんが興味深そうにランタンを凝視する。
「どうしました?」
「いや、虫がいないと思ってな。キャンプ始めたばかりだったか」
「いえ、少なくともビール飲み始めてから十分以上は経ってますよ」
「そうなのか? じゃあどうして虫が寄ってこないんだ。おかしいじゃないか」
「ああ、それは高山ランタンについてるアビリティのおかげですよ」
山男さんが目を見開く。
「何だそりゃ! 虫が寄ってこないのか? 素晴らしすぎる」
「大げさですね。リアルにも防虫LEDがあるでしょ」
「ゲームに実装されてなきゃ使えないじゃないか。そのランタンがあれば虫どもに癒しの時間を邪魔されずにすむ。売ってくれ」
「えーまたですか」
「また? なるほど、すでに他のプレイヤーから話を持ちかけられていたか。ならそいつが提示した価格の倍払おう!」
「それももうやったっての」
でも虫が寄ってこないって快適だもんな。俺が山男さんの立場でも購入を考えたかもしれない。
氷晶石はたくさんあるし別にいいか。
「山男さんはこのランタンにいくらまで出せる?」
「十万マニー」
「じゃそれで」
「よし買った!」
『高山ランタン』とマニーを交換した。
「いい買い物したぜ。んじゃ俺洞窟行ってくる」
「よかったら一緒に行きませんか? 俺も夜に掘れるレア鉱石欲しいし」
「構わんが、その武器じゃエネミーと遭遇したら辛いかもしれんぞ」
「そんなことないですよ。この武器で奥のゴーレム倒しましたし」
「何だそりゃ。初心者なのに縛りプレイかよ」
「人聞きが……まあいいや。見てもらった方が速いか」
俺はキャンプ道具を片づけて山男さんと再び洞窟に入る。
ゴーレムをあっさり倒して、俺は銅製の剣まで売る羽目になった。




