第51話 大物になるかもしれない
「何だ今の悲鳴」
「行ってみましょう」
俺はアメリアと訓練場を後にした。
村の門近くに緑の妖精が集まっている。
「どうしたんだ?」
駆け寄ると黒い羽。その持ち主たるスプリガンが地面に伏している。汚れた衣服や血のにじんだ様相に危機感をあおられる。
「ハイラ!」
俺たちの後方からシンディが飛んできた。
呼びかけに応じてスプリガンが顔を上げる。
「シン、ディ」
「どうしたのハイラ! 何があったの!」
「村が、銀髪の……」
そこまで告げてハイラが気を失った。
「そのスプリガンを運びましょう。みんな手を貸してください」
「どこへ連れて行くんだ?」
「負傷者を集める小屋があるんです。有事に備えてカジさんに立ててもらいました」
そういえば装置の画面内にそんな小屋が映ってたな。
すでにこういった時のマニュアルができているのか。頼もしい限りだ。
「それなら俺が運ぶよ。そっちの方が速い」
「分かりました。ではお願いします」
俺はハイラの体を抱え上げて走った。小屋につくなりハイラをワラの上に寝かせる。
息はあるようだがしばらくは話を聞けそうにない。
「村が、銀髪のって言ってたな」
「村というとプリガ村ですよね。銀髪というのはよく分かりませんが、行ってみれば分かるんでしょうか」
「たぶんな。怪我の具合からして物騒なことになってそうだが」
「それならなおさら助けに向かわないといけません。私はこれから防衛班を集めますが、フトシさんはどうします?」
「もちろん俺たちも行くよ」
「ありがとうございます。心強いです」
花開いたような笑みに微笑を返して建物を出た。
鍛冶場の装置を使えば倉庫内のアイテムを引き出せるらしい。俺はハイポーションをきら丸に食べさせてから広場に向かった。
広場で待機する内に妖精たちが集まった。アメリアが号令をかけて防衛班員に状況を説明する。
情報の伝達が終わり次第村を出た。土の地面に靴跡をつけてスプリガンの村を目指す。
交易に使われる道路だけあって歩きやすい。
最初にスプリガンの村を目指した時は植物が伸び放題だった。今は土肌が見えて歩みを妨げる物がない。
もう取引広場に着いた。
スムーズな進行の理由にはシルフたちの動きもある。
この前見た時とは見違えるようだ。長い距離を歩いても隊列がくずれない。俺がいない間に相当量の訓練を積んだことがうかがえる。
出会った当初の彼女らは戦いにおけるノウハウのノの字も知らなかった。
そんなシルフたちが凛々しく在る。頼もしさと同時に寂しさを覚える光景だ。
「フトシさんどうしました?」
「いや、別に」
さらに歩みを進めて目的地への道のりを歩む。
日が落ちる前にプリガ村にたどり着いた。
遠方で爆発音。アメリアとうなずき合って門の向こう側に踏み入る。
走った先には二つの人型があった。
「メディスさん!」
足が地面から離れている。
彼女の細い首をわしつかみにしているのは黒い腕。
腕の主が俺たちに視線を向けた。
「新手か。シルフに、人間? 何故人間がここに」
禍々しい赤い瞳が細められる。
女性の頭部は黒いフードで隠れているものの、こぼれた長髪が銀色を帯びている。
ハイラが言い残した銀髪は彼女を指し示しているとみて間違いない。
「その手を離してくれないか。知り合いなんだ」
まずは友好的に声をかけてみる。
返答代わりに弓を構えられた。
「きら丸!」
「キュッ!」
でけえ丸がぴょんと前に出て矢を受け止めた。
視界内のHPゲージは1割も減っていない。相変わらずのタフさだ。
「魔物使いか、何と面妖な」
つぶやきをよそに、俺は思考をめぐらせる。
今の矢を放つ構え、やたらとシンディにそっくりだった。
メディスに弓のたしなみがないことは自身の口から聞いている。となれば考えられる可能性は一つだ。
「あんたがシンディを操ってたんだな」
「ほう、よく分かったな。人間にも術のたぐいが伝わっていたか」
フードに隠れた口が弧を描く。
カマをかけた甲斐があった。シンディを操っていたのはこの女性で間違いない。
隣でアメリアが口を開いた。
「どうしてこんなことをするんですか! スプリガンのみなさんが可哀想じゃないですか!」
「情に訴えかけるのは結構だが、よもやそれで改心すると考えてはいまいな」
赤い瞳が妖しく光る。
どこからともなくスプリガンが集まる。目の焦点が合っていないのを見るに操られているのだろうか。
スプリガンが人型サイズに巨大化して弓を構える。
「来るぞ!」
俺は声を張り上げて剣をかざす。
スプリガンは操られているだけだ。可能な限り怪我はさせたくない。
弓を破壊すればスプリガンの戦闘能力は大幅に落ちる。まずは戦力ダウンを狙ってエーテルの矢を放つ。
青白い矢が半数近くの弓を破壊した。壊し損ねた弓から射出される矢はきら丸が受け止める。
「おのれ、スライム風情が調子に乗るな!」
女性が矢をつがえた。鏃に紫の炎が灯る。
「させません!」
アメリアの号令で指輪がかざされた。各種属性の魔法がフード姿に殺到する。
女性が右手をかざした。紫の障壁が魔法を受け止める。
その一方で爆風の一部は届いた。フードが外れて褐色の肌と尖った耳が露わになる。
「ダークエルフか」
小説で見たことがある。エルフの近縁種とされるが、何かと敵対することの多い存在だ。
クラマギでもプレイヤーの敵として立ちはだかるらしい。
ダークエルフがキッとにらみつける。
「貴様ら、どうあっても我らの支配に抗うというのだな」
「はい。あなたたちの好きにはさせません」
「よかろう、ならば力でねじ伏せてやる。次に会う時が貴様らの最後だ!」
紫の閃光が視界内を染め上げた。あまりのまばゆさに腕を上げて目をかばう。
圧力の減衰を感じて腕を下げると黒い人影が地面の上から消失していた。
「逃げたか」
数的不利を察しての撤退。プライドが高そうなわりに冷静なやつだ。
仲間がいなかったところを見るに、今回はメディスを洗脳し直すために村を訪れたのだろう。次は仲間を連れて侵略しに来るに違いない。また争いの準備をしないとだな。
「ひとまずスプリガンを介抱しよう。手を貸してくれ」
「はい」
アメリアが仲間に指示を出して散開する。
プリガ村に大きな建物はない。取りあえずテントを立てて、メディスを含めた重症の個体を集める。
意識のあるスプリガンから話を聞いた。
あのダークエルフは獣を連れて村を訪れたらしい。メディスは抵抗を試みたものの、魔法の技術レベルが違い過ぎて勝負にならなかったのだとか。
「指輪の魔法防がれてたもんなぁ」
「ですね。十近い数を一人に受け止められては魔法戦での勝ち目はありません」
もっと強いアイテムを作らなきゃ駄目か。
いや、そもそも強化してどうにかなるのか? 魔法なら問答無用で防ぐみたいな仕様ならお手上げだ。
何か別のアプローチを考えた方が良い気もする。
「弓なんてどうかな。もしくは剣とか。あの障壁の仕様は分からないけど、魔法を無力化された際の備えはした方がいいと思うんだ」
「備えをすることには賛成ですが、私たちの体で使える得物なんて大した威力にはなりませんよ?」
矢や剣は速度や質量が大きいほど威力が増す。体が小さく非力なアメリアたちでは、あつかったところでその威力はたかが知れる。
でも一つ例外がある。
「巨大化の魔法で大きくなればいいんじゃないか?」
アメリアが目を見開く。
「あの魔法で? 確かに大きくなれば使えるかもしれませんけど、あれって私たちシルフでも使えるんですか?」
「可能、だ」
くぐもった声を耳にして振り向くと、メディスが顔をしかめて立っていた。
コテンパンにやられていたわりには意識がしっかりしている。HP自動回復アビリティのおかげだろうか。
「メディスさん! 駄目ですよまだ寝てなきゃ」
「平気だ。これから方針を決めるのだろう? 長の私がおちおち寝ていられるか」
「そうか。でも立ったまま話すことはないだろ」
座れよと言おうとして口を閉じる。
土に座らせるのも何か気が引ける。俺は思考をめぐらせてでけえ丸に視線を振る。
「きら丸、触手に座らせてやってくれないか」
「キュ」
でけえ丸が触手を伸ばす。
メディスが礼を告げて腰を下ろした。小さな体からの圧を受けて触手がぷにっと形を変える。
チェアというよりはソファーだ。それも人をだめにするタイプの。
「座り心地はどうだ?」
「ああ、最高だ」
苦し気な顔に微かな笑みが浮かぶ。
いいなぁ。そんな顔されたら俺も座ってみたくなる。
視界の隅でアメリアがそわそわする。
「あの、きら丸さん。私も座っていいでしょうか?」
「キュ」
アメリアの方にも触手が伸びる。
アメリアがえいっとつぶやいて触手ソファーに腰かけた。
「すごいですきら丸さん、ぷにぷにです」
「キュッ」
でけえ丸が得意げに体を反らす。
きら丸俺にも。
そう告げるには見栄とプライドが邪魔すぎた。
「えっと、スプリガンの魔法の話だったな。シルフに教えられるものなのか?」
「ああ。巨大化の魔法はスプリガン族に伝わる魔法だからな。使い方さえ分かれば使えるはずだ」
「そうでしたか。ではあらためてお願いします。メディスさん、私たちにその魔法を教えていただけませんか?」
アメリアが真剣な表情で紫の瞳を見すえる。
メディスが手元に視線を落とした。
「それについては少し待ってほしい。先程も告げたように、あの魔法は私だけのものじゃない。同胞を説得する時間が欲しいんだ」
「分かりました。私たちはこれから負傷者の手当てに当たります。メディスさんは休んでください」
「了解した。同胞を頼む」
俺はでけえ丸に指示して、メディスをテントまで遅らせる。
「アメリアは意外と冷静だな。そんなこと言ってる場合じゃないって抗議すると思ってたよ」
「巨大化の魔法はスプリガン最大の武器です。それを私たちに送るというのは、フトシさんからもらった品々を渡すに等しい。そう考えたら礼は尽くさなきゃと思いまして。のんきなことをって言われたら返す言葉はありませんが」
アメリアが小さく笑う。
「いや、のんきなんかじゃないよ」
こんな時でも相手を思いやって行動できる。それはもう立派な才能だ。アメリアは誰かの上に立つ素質を持っている。
この子は将来大物になるかもしれない。




