第44話 最速を目指して
十回ほどしてきら丸が一位を取った。
ようやく迷路から解放された。きら丸ってこんなに負けず嫌いだったんだなぁ。ラムネのおかげで新たな一面発見だ。
迷路を出るとサグミさんからメッセージがきた。
今メンバーがクランスペースに集まっているから来ませんか? そんな問いかけに了承を送った。
俺はきら丸とラムネを連れてクランスペースに転移する。
すでにいつものメンバーが揃っていた。
「遅いぞフトシ。きら丸はどこだ」
「第一声からそれかよ。ここにいるだろ」
ぷるるが腰を浮かせた。
「おお! きらま、ん?」
クラン仲間が動きを止める。
視線が注がれているのはきら丸の頭上。そこにいるのはラムネだ。
「かわいい! どうしたんですかその小鳥!」
サグミさんが駆け寄って腰を下ろす。
「新エリアで見つけたんだ。名前はラムネな」
「ラムネちゃんですね。始めましてー」
サグミさんがねこなで声でラムネと視線の高さを合わせる。
対照的にぷるるの方はおとなしい。
「何だ、鳥型のスライムじゃないのか。でも鳥に乗られることできら丸のプリティさがより増している。素晴らしい」
やはりぷるる。ぷるるんとしたフォルムを愛しているだけあって鳥には興味なしか。
「リーダー、全員揃ったんですから始めましょうよ」
「うん、今行くー」
サグミさんがラムネとの触れ合いを中断して腰を浮かせた。
俺はチェアに腰を下ろしてクラメンと同じテーブルを囲む。
サグミさんがメンバーの顔を見渡してから口を開いた。
「早速だけどみんなに報告します。フトシさんが正式にクラン加入しましたー!」
「おー」
ぱちぱちぱちーと拍手が続く。
あのぷるるすらも手の平を打ち鳴らしている。仲良くなったもんだなぁあの頃から。
「自己紹介はイベント前にやったからいらないかな。それともラムネちゃん紹介します?」
「じゃあ時間もらおうか。と言っても戦闘エリアに連れ出したことないからほとんど分からないんだが。同行させるといいことあるってことくらいだな」
「幸せの青い鳥ってやつですね。分かりました」
サグミさんが本題に入った。
話の本題はゲーム内掲示板の書き込み。ラムネと会ったジャングルの奥地でダンジョンが見つかったらしい。クランメンバーが全員ログインしている今のうちにクリアしちゃおうって提案だ。
「今の私たちはイベントで優勝できるくらい強いですし、今回のダンジョンも最速クリアしちゃいましょうよ」
スズさんが鼻息を荒くしている。
思えば俺がクラン加入したのもスズさんがきっかけだ。結構野心のあるタイプなのかもしれない。
「イベントの時は指輪があったからなぁ。今はナーフされて一人一個の制限かかってるし、最速は難しいんじゃね?」
「やれるだけやってみましょうよ。うまくいけばクランメンバーも爆増しますよ」
「うーん、クランメンバー増やしてもなぁ」
「クランリーダーがそんなことでどうするんですか! せっかく優勝したんですからもっとガツガツいかないと。大手クランになるチャンスなんですよ?」
「大手ねぇ。目指すかどうかはともかく、最速クリアは狙ってみてもいいかもね」
「じゃ準備したら出発しましょう。集合場所はジャングル前で」
じゃ。スズさんがそれだけ言い残して転移した。
「あいつあんなに仕切りたがりだったっけ?」
「さあ?」
漫才五人衆が顔を見合わせる。
俺の加入がスズさんに影響をおよぼしたってことなのだろう。良くも悪くも。
サグミさんが手のひらを打ち鳴らした。
「ほら、私たちも準備するわよ」
はーいの返事に遅れてクランメンバーが立ち上がる。
俺も一度マイルームに戻った。回復アイテムをそろえてジャングルの入り口前に転移する。
やる気みなぎるスズさんを先頭に進む。
やがて闇をのぞかせる穴の前にたどり着いた。
「この中に入るの?」
「そうですよ。さあ早く」
スズさんのやる気に引っ張られて石造りの階段を下る。
下には水が溜まっていた。限られた足場に靴裏をつけて奥を目指す。
声を抑えても音が反響する。エネミーに対して不意打ちするのは難しそうだ。
「ラムネちゃん光ってますね」
告げたのはサグミさんだ。言葉に違わず、彼女の視線の先にはほのかに水色を発する小鳥が飛んでいる。小さな体からこぼれる光が周りの地形をあばく。
壁に飾られている松明だけじゃ薄暗いから心強い。
「便利だよな。薄暗くても前が見えるから」
「何で光るんでしょうね」
「さあ? レベル2になったらこうなった」
「これだけきれいなら話題になりそうなものなのに、不思議ですね」
羽音が耳に入る。
目を凝らすと前方からコウモリ型のエネミーが飛んできた。
「ラムネ、俺の後ろに」
「ぴぃ」
ラムネがぱたぱたと寄る。
俺はエーテルの矢でコウモリを打ち落とした。サグミさんたちが指輪の魔法でたたみかける。
近接戦を経てエネミーの殲滅が完了した。
「やっぱり指輪一つだと遠距離攻撃だけでの殲滅は無理ですね」
「そうだな」
でも近接職はエネミーとの戦いに参加できる。イベントでは眺めるばかりだった他のペットは心なしか嬉しそうだ。
再びラムネが前に出る。
警戒しながら進むと開けた場所に出た。
辺り一帯に水面が広がっている。前方に地面が続いているものの、船でも作らないと渡るのは無理そうだ。
「どうやって進むんだこれ」
「引き返そう。今すぐ天使たちとたわむれたい」
「あんたスライムをぷにりたいだけでしょ」
「何故ばれた」
突っ込まないぞ。俺は絶対に突っ込まない。
やめろ四人衆、俺のきら丸を見るな。
背後でドンと音が鳴り響いた。
「閉じ込められた!」
「すごい、映画みたいですよ僕ら!」
「喜んでる場合じゃないわよ。モブみたいに果てるかもしれないんだから」
バシャッと水を打つ音が聞こえた。クランメンバーと一緒に湖を見る。
水面に大きな影が映る。
想像通り大きな体が水面を衝いた。外気に触れた黒い魚が重力に引かれて水面に消える。
打ち上げられた飛沫の量が巨体に秘められた質量を物語る。
「もしかしてあれがボスか?」
「だと思います」
とりあえず鞘から剣を引き抜く。
巨大魚が頭を出した。開かれた口から高圧水流が噴き出す。
「おわっ⁉」
とっさに身を投げ出す。
左方向ですごい音がした。横目を振ると岩壁がえぐれてずぶ濡れになっている。直撃したら一発で消し飛びそうだ。
「顔を出したら魔法で攻撃して!」
「分かってますって!」
スズさんや漫才五人衆が指輪をかかげた。その後は何やら詠唱して手の平をかざす。
手の平から飛び出したのは紅蓮の球体。他にも氷のかたまりや風の刃が飛ぶ。
指輪を介さない魔法を見るのは始めてだ。詠唱しての魔法かっこいいなぁ。
当たったのは最初の数発だけ。魚の頭部が水に潜って魔法の半分以上が外れる。
「頭出してる時間短いな」
魚がぷるるに向かってブレスを吐き出す。
奇怪なクラメンがバク転して交わした。俺は剣をかかげてアビリティで攻撃する。
指輪の魔法をぶつける時間はなかった。
どうしたものか。これじゃ討伐までに時間がかかって仕方ない。
ゴリラの時みたくギミックがあればいいんだが。
「フトシさん、あれなんでしょう」
「ん?」
サグミさんの視線を目で追う。
広場の隅に変な器具がある。よく見るとドラムに似ているような。
「あれってまさか」
見覚えのある器具の様相。
これは試してみるっきゃない。




