第40話 クラメンとして
お団子ピラーで遊ぶきら丸を眺めているとコールが鳴り響いた。
展開されたウィンドウにはサグミの文字。
俺はコールに応じた。
「こんばんはフトシさん。今お時間大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。クラフトか?」
「真っ先にきますね。まあそうなんですけど」
呆れ笑いを経て、俺はきら丸とサグミさんのルームにお邪魔した。
あいさつを交わしてアトリエに踏み入る。
「指輪の下方修正残念でしたね」
「そうだな」
遠くからの指輪魔法で雑魚エネミーは消し飛ぶ。近接ジョブからしたら俺何のためにいるの? となること請け合いの威力だった。
「強すぎたから仕方ないさ。全部売り抜いたからダメージも最小限だ」
「え? 売ったんですか全部」
「ああ。下方修正入るだろうなと思ってさ」
「それはまた、すごい先見力ですね。ショップに出品されてる指輪の値段エグい下がり方してますし、ボロ儲けだったんじゃないですか?」
「まあな」
下世話な話をする間に、サグミさんがクラフトの準備を終えた。
「サグミさんは優勝賞品のボタン使ってないんだな」
「はい。感触は面白いですけどうるさいんですよね。フトシさんはあのボタン使ってるんですか?」
「いや、黒い歯車っぽいやつにした」
「歯車ってそんなのありましたっけ?」
「ああ。レアアビの付加確率上げるやつだ」
「え、それってコラボ限定のやつですよね。確か一億したんじゃ」
「したぞ。でも買った」
「それはまた。さすがフトシさん」
サグミさんが苦笑する間にノーツが落ちてきた。
繊細な手が慣れた様子でハイポーション作成のミニゲームを進めた。
俺はサグミさんの後ろで改善点を電子メモ帳に書き留める。
序盤は八割がたエクセレント評価。スピードが上がるにつれてグッド判定が増える。
Finishの文字が表記されてリザルト画面が表示された。
「ずいぶんよくなったじゃないか、見違えたよ」
「ありがとうございます。でもまだ評価Bです」
「何言ってるんだ、ゲームの上手さなんて一朝一夕じゃ変わらない。少しでも上達したならそれは喜ぶべきことなんだよ」
音ゲーを始めた当初の俺もそうだった。雨のように降り注ぐノーツを見過ごすことしかできなくて、がむしゃらにボタンを押し鳴らした。
数をこなしただけじゃ上達しない。
でも数をこなさなきゃ分からないこともある。その時に得られる達成感を大事にしないと物事は続かない。
「今回作ったアイテムはハイポーション。この前のポーションよりもミニゲームの難易度は高いんだ。それを評価Bにできたんだから誇っていいと思うよ」
サグミさんが目をしばたたかせる。
照れ笑いが続いた。
「あ、あはは、フトシさん褒めるの上手いですね。そんなに褒められたら照れちゃいますよ」
「俺は思ったこと言っただけだぞ」
「もう、やめてくださいよー!」
「痛った!?」
くはなかった。思ったよりは。
「ご、ごめんなさい!」
サグミさんがハッとして頭を下げた。
「いや、俺も褒めごろしみたいで悪いことをしたよ」
「そんなことありません! 褒められて嬉しかったのは本当です。ただちょっと知り合いを思い出して、そのノリでやっちゃったと言いますか」
「へえ、その人と仲いいんだな」
「そうですね。すごく仲良しです」
小さな顔がはにかむ。
おや、これはもしかしてあれか?
突っつきたい悪戯心が芽生えかけて、それを理性で押しとどめた。
「じゃあもう一度ハイポーション作ってみよう。メモ帳に改善点を書き留めたから、これに書いてあることを意識してやってみてくれ」
「分かりました」
サグミさんが素材を実体化させてツボに投げ入れる。
「そうだフトシさん、クランどうしますか?」
「クラン?」
「ほら、イベント終わったじゃないですか」
そういえば今の俺はペット愛好会のクランメンバーだったな。色々あって忘れてた。
「悪い、忘れてたよ。今脱退する」
人差し指で宙をかく。
サグミさんがあわてたように口を開いた。
「違うんです、別にフトシさんを迷惑に思ってるわけじゃなくて。むしろこのままクランに属してくれた方が嬉しいと言いますか」
「引き止めてくれるのは嬉しいが、あの五人は嫌な顔するんじゃないか?」
「そんなことありません。みんな優勝したのはフトシさんのおかげだと思ってますし、装備を作ってくれたことも感謝してます」
「あの五人も?」
「はい。きら丸にもっと遊具で遊んでほしいって言ってました」
それ明らかにきら丸目的だよなぁ。
しかしクラン残留か。考えたこともなかった。
今まで面倒くさい絡まれ方をされてきたから敬遠してたが、クランに属することには基本的にメリットしかない。
漫才五人衆が隙あらばきら丸を狙ってくるのは難点だけど、彼らから得られる情報は興味深いものばかりだ。ブリーダーのジョブについても面白い話が聞けるかもしれない。
うん、残留はありだ。
「じゃあもうしばらくお世話になろうかな」
「いいんですか?」
サグミさんが目を丸くする。
「どうしてサグミさんが驚くんだ?」
「だって、フトシさんは大手クランからも引っ張りだこじゃないですか」
「そうなの?」
「そうですよ。日蝕の騎士団のクランリーダーからどうやってフトシさんを参入させたのか聞かれましたし」
「そうなのか」
クランリーダーって連絡取り合うんだな。まるでリアルの社長みたいだ。いつかクランの間で商品取引でも行われるんだろうか。
「私のクランはペットを愛でる目的で活動してます。ダンジョンにはあまり挑みませんし、素材集めを考えると大手のクランに属した方が有利だと思いますよ」
確かに強いプレイヤーと行動できることにはメリットがある。エネミー関連でレア素材が実装された時には、大手クランとのつながりが必ず役に立つ。
俺は思考をめぐらせてかぶりを振る。
「やっぱいいや。俺はクラフトできればいいし、そもそも好きで装備整えてるわけじゃないんだ。高い素材が出たらクラフト品で稼いで買うさ」
「すごい自信ですね。実績があるから何も言えませんけど」
「だろ?」
互いに小さく笑みを交わす。
整った顔立ちが微笑に落ち着いた。
「分かりました。フトシさん、これからはクラメンとしてもよろしくお願いします」
「おう。こちらこそよろしくな」
サグミさんがミニゲームを始める。
俺は指導者として画面に意識を集中させる。




