第39話 ペット遊具のクラフト
取引の話がまとまって、俺たちはスプリガンの村を後にした。
シルフの村に戻り次第、アメリアは他の妖精を集めて遠征での成果を報告した。
物々交換には長い距離を歩かなきゃいけない。いちいち行き来するには時間がかかる。
そこで村と村の間に取引ポイントを設けた。
シルフの村を攻め落とす計画を進める過程で、スプリガン側は辺り一帯の地形図を用意していた。
俺たちはその地形図を拝借して、取引ポイントにつながる道路を作ることに決めた。
シンディとトロールには村に戻る許可が出されたものの、シンディの希望でシルフの村に居つくことになった。村から出る際に連れた小鳥も交えて、新たに二匹と一体が新たな住人になった。これからは小鳥を使ってメディスたちと意思疎通できるようになった。
一種の大使。いや今回の場合は使者か? 現代の制度に至る経緯が再現されてるみたいで興味をそそられる。
ともあれスプリガンの件は一件落着だ。俺はきら丸とマイルームに戻った。
「ちょっと見て来るだけのつもりだったのにずいぶん脱線しちまったな」
でもついにこの時がきた。
俺ははやる気持ちを抑えてアトリエに入った。ツボに鉱石を放り込んでボタンを発現させる。
ペットの遊具系アイテムを作りたいところだが、ボタンを新調したことによる変化を楽しむには既存のアイテムを作った方がいい。
先に指輪を作ることに決めた。
指輪のクラフトだと『レアアビ付加確率上昇』が発動したかどうか分からない。
どのみちレアアビがついたところで効果が発動したかどうかは分からない。上昇する数値もたかが知れるし、この辺りは気にするだけ無駄だ。
ゲーム画面が開く。
「お」
質素だったゲーム画面がシックな暗さを帯びている。デザインも背景に合うように変化している。
降りてくるノーツは以前と変わらず回転する輪っか。でもくっついている玉は歯車に変更されている。
「色々変わるんだな」
何なら輪っかの回転と落ちる速度も速い。それでいてエクセレント判定を出すたびにスピードが上がるのは健在だ。
ミニゲームの難易度が全体的に上がっている。これがボタンの詳細に記されていたデメリットか。
でもこの程度。エーテライトの高級ゲームをクリアした俺の敵じゃないぜ。
「よっしゃクリア!」
perfect! の表記を見てリザルト画面を開く。
アビリティは安定と信頼の【火精の祝福】。最近指輪の需要が高まってるみたいだし売りに出そう。
「ノーツと背景の変更か。思ったより悪くないな」
絵柄が変わっただけでも新鮮な気持ちで楽しめた。手から伝わる感触も小気味いい。数をこなせば付加確率上昇の恩恵もあずかれるし、ショップを介して一億を稼ぐのもそう時間は掛からないだろう。
「んじゃ次は」
ペットの遊具。
そう告げる前にそでを引かれた。視線を下ろすときら丸が触手を伸ばしている。
そういえば戻ったらクラフトやらせるって約束してたっけ。
「キュ」
「分かった分かったって。ほら」
俺はツボの前からどく。
子供に娯楽をゆずる親ってこんな気分なんだろうか。トホホと微笑ましさが同居してむずがゆい心持ちになる。
きら丸がツボに素材を放り込んでミニゲームを始めた。ガチガチッと耳辺りのいい音が鳴り響く。
……はたから聞くと音大きいな。
「音を抑える仕組みないのか?」
コンソールを出して調べてみる。
あった。クラフトの欄から開いて設定をいじる。
ピタリと騒音が止んだ。これできら丸だけがボタンの音を楽しめる。
「もうすぐアップデートか。何が来るんかな」
面白いものだけ来ればいいと思う。でもきっとそうはならないんだろうな。
表彰式での運営はどこかぎこちなかった。指輪や儀礼剣の話をした時は明らかに表情をこわばらせていた。
ここは人間が集う世界。需要と供給が渦を巻く世界。
儀礼剣はまだしも、指輪を使い回して戦う遊び方が面白いわけない。
指輪ジャラジャラなんて見た目も悪い。商品の見栄えが売り上げに直結することなんて、社会人としての活動で嫌というほど思い知っている。
クラフト目当てで始めた俺でさえ気づけば強さを求めているんだ。きっとプレイヤーは強さを求めて指輪を求める。
運営の思惑と照らし合わせて、俺が取るべき行動は……。
きら丸がミニゲームを終えた。
「きら丸、今日は指輪を量産するぞ」
「キュ」
俺はツボに素材を投げ入れる。
きら丸のクラフトを指導しながらこの日は指輪を量産した。
◇
アップデートの日がやってきた。
更新データをダウンロードする間にクラマギの公式サイトを閲覧する。
新コンテンツの追加に加えて一部アイテムの下方修正が記されていた。
まず指輪系アイテム。
指輪を使い回して魔法攻撃を連発する戦い方はゲーム体験を損なう。指輪は補助の意味合いが強く、近接ジョブがエネミーに触われない環境は不健全である。それを理由に装着できる指輪の数は一個に制限された。
次にエーテライトの儀礼剣【エーテルの矢】について。
剣は敵に近づいて斬りつける武器。遠くから天をツンツンして矢を飛ばし続けるのは解釈違いである。前に出て神々しい剣を振るい、プレイヤーたちの英雄となってほしい。そんな理由でリキャストが伸ばされた。
こちらはひかえめなナーフだった。
リキャストが伸びたのは痛いけど、その分矢の威力にはエネミーを斬った分だけボーナスダメージが加算される。プレイヤーの実力が問われる性能になった。
読んでいて思わず口角が上がった。
全部俺の読み通りだ。エーテライトの儀礼剣は希少で作成のコストも高いから大それたナーフは来ないと踏んでいた。
下方修正された指輪は先日のうちに全て売却済み。全てマニーに変わっている。
俺は風呂や食事などの身支度をすませてクラマギにログインする。
日課の植物系アイテムの採取を終わらせてショップをのぞく。
需要が減少したから、指輪のクラフトに必要な素材の値段も軒並み低下している。作り直せばものすごいプラスだ。
早速各種属性の指輪を一個ずつ作り直した。ボタンの食感を楽しみつつ新たな商品を量産する。
ショップに並べて日課は終わりだ。
「さーて遊具作るか」
きら丸には先日たくさんクラフトをやらせた。
今日は俺の番だ。コンソールを開いて遊具を探す。
ペットの遊具をクラフトする際には、他のアイテムをクラフトした際に発生する端材が必要になる。
端材はブリーダーのジョブが解放されてからじゃないと得られない。ブリーダーになるまで使い道が分からないから捨てる設定なんだろうか。
本来なら端材不足で困るところだが、俺にはきら丸のクラフトで生み出された端材がある。素材に困ることはない。
「これにするか」
お団子ピラー。スライム向けの上って遊ぶ遊具だ。
ツボに端材を放り込んでミニゲームを始める。
背景やその他設定は戻した。歯車ノーツは渋くて好みだけど、ミニゲームは作るアイテムによって内容が違う。一回はその差異を楽しまないと損だ。
「ん?」
レーンがない。画面に映るのは一本道だ。
その代わりに障害物がある。判定ラインの代用なのか、丸っこい物がぴょんぴょんして手前から奥へと進む。
「これスライムか」
さながらスライムに指示を出して障害物を越えさせるゲームだ。各種ボタンにジャンプや横跳びといったアクションが割り振られている。
ボタンを押し込むたびに電子的なスライムがぴょんぴょん動く。
見ているだけで楽しくなる光景だ。きら丸が遊具で遊ぶとこんな感じになるんだろうか。
あれこれ考える内にパーフェクトだ。
「どれどれ、どんなのができたかな」
画面をタップして作った品を確認する。
『お団子ピラー』
三色のスライムが重なってできた立体クライミング遊具。手触りはぷにぷに。
アビリティ【向上心のかたまり】
素晴らしい出来。このレベルの物は中々お目に掛かれない。
「遊具にもアビリティついてるんだな」
アビリティの文字をタップして詳細を確認する。
どうやらペット限定の特殊効果らしい。
「遊んでいるペットが経験値を得る、か」
俺がいない間に遊ばせておけばきら丸が強くなるとみて間違いない。
でもきら丸が遊んでるところ見たいなぁ。
「きら丸、外で遊んでみないか?」
「キュッ」
丸みのある体がぴょんと跳ねる。
俺は建物を出てコンソールを開いた。マイルームの欄からアイテムを選択して『お団子ピラー』を設置する。
遊具が土の地面にでんっと乗った。スライムを模した物体が重なって柱を形作っている。
よく見るとスライムの形状は均一じゃない。うねったりぺにょーんとしてユーモアがあふれている。
どうやって上るんだ? あれ。
「キュ」
きら丸が遊具に跳ね寄る。
後ろから観察しているときら丸が細長くなった。
うにょ~~んと伸びた体が柱のおうとつをなぞって螺旋を描く。
「器用だなぁ」
てかきら丸の体ってあんなに伸びるんだな。正月に食べるおもちみたいだ。
きら丸の先端が柱のてっぺんにたどり着いた。蛇のように巻きついた体がすーっと縮まる。
元通りになった丸い体が柱のてっぺんで得意げに反った。
「おーすごいぞきら丸!」
ぱちぱちぱちと手の平を打ち鳴らす。
妙な音が混じった。
目を凝らすと、柱を構成するスライムが見る見るうちに表情を変える。
「クリアすると形状が変わるのか」
凝ってるなぁ。これならきら丸も飽きずに遊べそうだ。
でも何十何百と遊んだら飽きるだろう。新しい遊具をいくつか並べて置いてもいいかもしれない。
ふとペット愛好会のクランスペースの光景が脳裏に浮かぶ。
複数の遊具を何匹ものペットが遊ぶ光景。きら丸一匹が跳ねる光景は物寂しい。
もう一匹いればきら丸も張り合いが出るだろうか。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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