第38話 スプリガンの長
俺は目についた獣を狩って、夜明け頃に村に戻った。
獣を狩ると肉系のアイテムになるらしい。解体する手間が省けたのは助かった。
肉はあぶり焼きにしてトロールにあげた。暴れ出さないか不安だったから防衛班監視の下で食べさせた。
日が落ちて、また昇る。
マクワの実を持っていくとシンディが神妙な面持ちをしていた。
「めずらしい顔だな。そんなに腹減ったのか?」
「どんな顔よ!」
「冗談だって。ほら、今朝の分だ」
俺は果実を差し出す。
「ねえ、この村っていつもこうなの?」
「こうって?」
「だから、いつもこんなにほほんとしてるのかって聞いてるの」
「ああ、大体こんな感じだ」
「そう」
シンディがうつむく。
何なんだ一体。
「案内してあげてもいいわよ」
「何だ突然」
「だから、あたしの村に案内してあげるって言ってんの」
思わず目を見張る。
「それは本当か?」
「こんな嘘ついてどうすんのよ。ただしあくまで交渉目的の場合だけだから。侵略するつもりなら願い下げよ」
「いや、それで十分だ。アメリアに話してくるから少し待っててくれ」
「ええ」
俺はアメリアに話を通した。
返事は聞くまでもなかった。すぐに班が編成されて出発の準備が整えられる。
村を守る戦力も必要だ。防衛班の半分とカジさんを置いていく代わりに、俺はでけえ丸と遠征班に参加した。
シンディを案内役にすえて出発した。樹木に囲まれながら土に靴裏を刻む。
奇襲があるんじゃないかと警戒しながら歩を進めるものの、いつまで経っても荒事が起こる気配はない。
日が落ちて俺はテントを張った。
テントの近くにいると疲れが抜けると好評だった。テントのHP自動回復のアビリティは妖精の疲労も軽減してくれるみたいだ。
夕食の果実をかじりつつ、シンディからスプリガンについての話を聞いた。
今回の目的は交渉だが、スプリガンからの抵抗は十分に考えられる。止むを得ず交戦となった場合に備えて情報を耳に入れた。
日が昇って再出発。
森を抜けた。視界が開けて前方に門が見える。
「止まれ!」
制止の声を受けて足を止める。
声が上がった先には黒い羽を生やした小人。そして目を紅く光らせた獣が待ち構えていた。
シンディが前に出て口を開く。
「ハイラ!」
黒い妖精の一匹が目を丸くした。
「シンディ! あなた無事だったの?」
「うん、シルフたちが殺さないでくれたから」
「トロはどこ?」
「シルフの村にいる。みんな話せば分かるやつらだよ。長が言ってたような危ない連中とは違う」
アメリアがシンディの前に出た。
「私はシルフ族の長を務めているアメリアです。交戦の意思はありません。あなたたちの長とお話をさせてください」
スプリガンたちが顔を見合わせる。
味方のシンディが告げたこともあるだろうが、それだけじゃこうはならない。彼らの中にも長への不信感が根づいているようだ。
「何を騒いでいる」
新たなスプリガンが顔を出す。
今まで話していたスプリガンたちを少女というなら、今回は女性といった出で立ちの妖精。目がツリがちで見るからに貫禄がある。
「長。その、シンディが戻って来まして」
「そうか。それで、何故同胞の近くにシルフ族がいるのだ」
「あたしが案内しました」
ツリがちな目がシンディを見すえる。
「何のつもりだシンディ。敵を村に案内するとは、シルフ側に寝返ったということか」
「違います! シルフ族は長がお考えのような連中じゃないんです。一度彼らと話をしてはくださいませんか?」
「ならん」
一蹴されてシンディが口をつぐむ。
聞いていた通りの強情さだ。これは抗戦を避けられそうにない。
アメリアも話を持ちかけたが返答は同じだった。号令をかけられて他のスプリガンたちも獣に指示を出す。
「アメリア」
「大丈夫です、覚悟はしてきましたから」
端正な顔立ちが微笑を見せる。
次いでこちらにもリーダーの号令がかけられた。
俺はエーテライトの儀礼剣をかざした指輪も各種使用して獣の数を減らす。
「何だあのおっさん!?」
「めっちゃ強いんだけど!」
まだまだ序の口だ。アメリアたちも同じ指輪を持っているんだから。
魔法の波状攻撃に耐え兼ねて獣が散り散りになった。スプリガンの中にも一部逃げ出す者が現れる。
「どけ!」
前方で人型がぬーっと大きくなる。
スプリガンの長だ。伝承通り巨大化する魔法をあつかえるらしい。
手には大きな弓と矢が握られている。
「でかいな」
大きいなら重量もそれなりだ。威力も相応なものになる。
アメリアたちを狙わせるのは危険だ。
「きら丸、変身」
「キュ」
大きな体がひらひらしたフォルムを描く。
「みんなきら丸の後ろへ」
「え、でも」
「きら丸は大丈夫だから早く!」
俺もきら丸の後ろに隠れる。
大きな体が微かに揺れた。HPバーが三割ほど削れる。
弓は一発ごとに矢をつがえる必要がある。反撃に移るなら今がチャンスだ。
「きら丸、カウンター!」
「キュ~~ッ!」
視界内が金色を帯びた。巨体の向こう側でスプリガンの悲鳴が上がる。
でけえ丸の陰から出ると巨大な人型が消失していた。
「何ですか今の」
目をぱちくりさせるアメリアたちにカウンターのことを説明する。
スプリガンが降伏した。
征服のつもりはなかったが、ここまで敵対の意思を見せつけられたら放ってはおけない。俺はアメリアと相談してスプリガンの村に入った。
長は地面の上で大の字に寝ていた。移動中に調達した蔓を使って後ろ手に縛り上げる。
ハイラに頼んで他のスプリガンを広場に集めてもらった。スプリガンの戦闘員も同席させて、村を制圧したことと危害を加えるつもりがないことを言葉にした。
当初こそ動揺が広がったものの、本当にその気がないことを知ると騒ぎは収まった。むしろスプリガンの長が起きるまでの拠点や食料を用意してくれた。
俺は拠点を提供してくれたスプリガンから村での暮らしぶりを聞いた。
普段は獣をあやつって生計を立てているそうだ。果実の採取から運搬まで行い、乾かした木の実などは倉庫に貯蔵してある。アメリアたちよりも計画的な営みがなされていた。
話を聞いているとアメリアが訪れた。
スプリガンの長が意識を取り戻したらしい。俺はきら丸を連れてスプリガンの長の元へ向かう。
スプリガンの長ことメディスが大きなキノコの下で上体を起こしていた。
アメリアが緊張した面持ちでメディスと向かい合う。
「気がつきましたか?」
「ああ。どうやら面倒をかけたようだな、シルフの長」
意外と静かな声色だった。
村の外ではかなり攻撃的だったのに、まるで人が変わったように落ち着いている。
その印象に違わず、メディスはアメリアの質問にていねいな言葉を返した。
スプリガンの長は俺たちと戦ったことを覚えていなかった。
それどころか今日に至るまでの数週間分の記憶がない。自身が弓を使ったことすら覚えがないあり様だ。
さすがに嘘だと思いたいが、ここは魔法のある世界だ。記憶の一つや二つ改変する術があっても驚かない。
「これだけは確認させてください。あなたはまだシルフ族を敵視していますか?」
「いいや。私たちは種族こそ違うが同じ妖精だ。これ以上争うつもりはない」
「それを聞いて安心しました」
アメリアがふっと表情を緩める。
メディスの方は表情を引きしめた。
「これから私たちをどうするんだ」
「どうもしません。私たちは村へ戻ります」
メディスが微かに目を丸くする。
「いいのか? 自分で言っておいてなんだが、記憶がないなんて言いわけの中でも下の下だと思うぞ」
「他のスプリガンの方から事情聴取させてもらいました。あなたが攻撃的になった時期と、あなたの記憶がなかった時期は一致します。私は、あなたの発言は信用に足ると判断します」
メディスが呆然とする。
頭お花畑と言われても仕方ない発言だ。スプリガンの長が面食らうのもうなずける。
とはいえ俺もメディスが嘘を言っているとは思わない。
その一方でこのまま分かれるのは危険だとも思う。メディスの発言が本当だとしても、人心喪失して襲ってきたことは事実だ。
いつまたメディスが侵攻を叫ばないとも限らない。異変をすぐ感知できるように交流させるには……。
そうだ。
「いい機会だし、シルフとスプリガンの間で取引しないか?」
「取引?」
「果実や資材を物々交換するんだよ。村の近くでマクワの実をならす樹木があるんだが、これがまたしゅわっとして美味しいんだ。な?」
アメリアに視線を送る。
細い首が縦に振られる。
「そうですね。確かにマクワの実は美味しいです」
「だろ? きっとスプリガンの中にも気に入る奴はいる。この辺りには見られない植物が植生してるし、互いの生活をより豊かにできると思うんだ」
村と村を行き来するのは大変だ。意識して関わらないと交流は途絶える。
でもメリットがあれば多少の面倒は押し切れる。
本当の狙いを隠す形にはなるが、物欲から始まる交流も悪くないだろう。
「こちらは構わないが」
メディスがちらっと横目を振る。
アメリアが微笑みを浮かべた。
「私も構いません。お試しにやってみるのもいいと思います」
「決まりだな。寝起きのところ悪いんだが、村に戻る前に打ち合わせを済ませたいんだ。もう少し時間もらえるか?」
「分かった。体力の続く限りつき合おう」
俺たちは取引のあれこれについて語り合う。




