第35話 一億のボタン
第二回イベントが終わった翌日。プレゼントボックスに優勝報酬が入っていた。
報酬アイテムはクラフトのミニゲームに使えるボタンだ。どうやらミニゲームの台はカスタムできるらしい。
試しにボタンを変えてクラフトしてみると、押した感触がメカニカルなカチッからロボティックなガコンとしたものに変わった。
「面白いなこれ」
ミニゲームの内容は変わらない。
それでいてゲーム体験に味が出る。作るアイテムがロボティックな物なら一体感が出そうだ。
「他にもボタンあんのかな」
コンソールからショップの欄を開く。
ボタンで検索するとたくさん出品されていた。ボタンの見た目だけ変えるアイテムもある。
目につくのはどれも値段がひかえめだ。下にスクロールするにつれて値段が上がっていく。
特殊効果つきの出品が映った。
『判定サークル拡張』や『ノーツ速度低下』。他にもミニゲームの難易度に関わる代物が並んでいる。
魅力的な品ぞろえなのは否定しない、けど。
「ミニゲームの難易度を下げるのはちょっとなぁ」
クリアできるに越したことはないが、どうせなら手ごたえのあるゲームがしたい。
「いっそ難易度上げるアイテムがあれば面白いのにな……お」
見つけた。
黒くてゴツイ見た目。ガジェットっぽくてクラフト欲をそそる。
特殊効果は『ノーツ速度上昇』や『判定幅縮小』などデメリット効果満載だ。
その代わりと言わんばかりの『レアアビリティ付加確率上昇』がゲインロス効果で商品価値を高めている。
肝心なお値段は――。
「一億!? またかよ!」
どうしてみんな欲しい物に法外な値段を設定するんだ! これじゃ需要と供給あるリアル社会と同じじゃないか。
いや、考えてみれば当たり前か。
この体は電子でも中身はリアル人間だ。そりゃ希少な物なら高値つけるわ。
でも今の俺は、初めてエーテライト鉱石を見た時とは違う。
「買える、な」
一億。ある、ここに。クラフト品を地道に売りさばいてきた甲斐があった。
かっちょいい見た目と魅力的な特殊効果。値段は張るが購入する価値を感じる。
出品されているのは一個。こうしている間にも誰かが『購入する』のボタンに指を伸ばしているかもしれない。
でも一億、一億かぁ。
「えい」
焦燥と購入欲に身を任せて購入した。早速ボタンを付け替える。
さらば第二回イベント優勝賞品。
「これでよし」
試しに手を乗せてみる。
ガチッと音が鳴った。
メカメカしいカチッも好きだが、このしっかりとした押しごたえはくせになりそうだ。押したという満足感が手の平から伝わって喜びに化ける。ボタンのサイズも大きくて押しやすい。
「キュ」
ぴょんと丸い体が寄った。
「きら丸も押してみるか?」
「キュッ!」
俺は台から離れる。
伸びた触手が新品のボタンを押し込んだ。
ガチッとした音が連続する。表情のないスライムでも心なしかうれしそうに映る。
「何作ろうかな」
ボタンの音をBGMにして思考をめぐらせる。
ボタンに合わせるって考えるとゴツい装備がいいな。防具とか? スコーピオンメイルとかどうだろう。
待てよ、そういえば何か忘れてるような。
「そうだ、レシピ取りに行かないと」
イベントの調整で後回しにしてたが、俺はペット関連のクラフトレシピを入手していない。
「きら丸、遺跡に行くぞ」
「キュ!?」
ボタンの押し込みが止まった。
これはクラフトする気満々だったパターンか。
「クラフトは帰ってきてからな」
「キュ~~」
丸みのある体から高さが失われる。その一方で体の面積が水たまりのように広がる。
器用に落ち込むなぁきら丸。
「今クラフトしたら止まらなくなっちゃうだろ? マイルームに戻ったら好きなだけやらせてやるから」
俺は苦笑いしながらしゃがみ込む。
きら丸のご機嫌を取って遺跡に転移した。サグミさんに教わった通り左方向へと足を進ませる。
帽子をかぶった女性がいた。
足元を跳ね回るのは犬。仲睦まじそうに一人と一匹がたわむれている。
頭上には逆三角のアイコン。サグミさんが言っていたNPCと見て間違いない。
声をかけると微笑で応じられた。ブリーダと名乗った彼女からクエストを受けて遺跡に向かう。
何度目か分からない遺跡の探索。奥のボスサソリをサクッと処してブリーダの元に戻った。
クエスト達成の報酬として一部レシピが解放される。
おまけにジョブ『ブリーダー』が解放された。
「ジョブも解放されるんだな」
ジョブにはキャラレベルとは別にレベルがあるらしい。
ジョブをセットした状態で経験値を得るとジョブレベルも上がる。そのたびにスキルポイントを得られて特殊なスキルを習得できる。
クラフトでもわずかながら経験値を得られる。早いうちにジョブをセットした方がお得だ。
早速コンソールを開いてブリーダーのジョブをセットした。
「一度シルフの村を見てみるか」
マイルームに戻りたいところだが。あれからアメリアに任せたっきりだ。スプリガンの侵攻があっても嫌だし確認しておこう。
コンソールを開いて密林に入った。人面岩の口を通って緑豊かな世界に入る。
カンカンと音が聞こえる。
村に近づくと見覚えのないスペースができていた。門番の妖精から許可を得て村に入る。
妖精たちが木材を運んでいた。
俺は資材の運搬を手伝いながら話を聞く。
村の拡張を進めている最中らしい。最初に見た謎のスペースは鍛冶場の予定地。遠くの方からカンカンと聞こえるのは建設中の作業音か。
妖精たちと分かれて拡張されたスペースに足を運ぶ。
カジさんがハンマーを振っていた。
「おーいカジさん」
カジさんが作業の手を止めて顔を上げた。
「おおフトシ、待っとったぞい」
「何か手伝えることあるか?」
「じゃあ資材を運んできてくれ。妖精たちは大変そうじゃからの」
「分かった」
俺はきら丸と木材の調達場所におもむく。
妖精たちが樹木のある場所で指輪をかざしていた。風や氷の刃が樹木を切り裂いて倒す。
伐採は防衛班が担っているようだ。
アメリアは統括と防衛を兼任することにしたらしい。トップ自ら危険な場所におもむかない発言に説得力はない。そう考えたと告げたアメリアには村長の貫禄が感じられた。
俺はアメリアに協力を申し出て木材を運ぶ。
資材の運搬を終えた次は果樹園に足を運んだ。甘い香りが漂う先でマクワの樹木が実をつけている。
「実の数が少ないな」
ざっと見て十個成っているかどうかだ。村の外で見た樹木はもっと多くの実をつけていたのに。
「いらっしゃいフトシさん」
ショートカットの妖精が飛んできた。
彼女はカーラを名乗った。アメリアによって食物関連の役職に任命されたらしい。
「この木に成った果実には手をつけたか?」
「いえ、まだです」
「外にある木と比べると明らかに実が少ないよな」
「そうですね。何が悪いんでしょう」
日光はちゃんと当たっている。樹木はちゃんと成長しているし水やりを忘れたってこともないだろう。
他に考えられる要因があるとすれば……。
「ちょっと外出てくる」
俺は村を出てマクワの樹木が立ち並ぶ場所に向かった。
実物を観察。やはりつける実の数が違う。
「きら丸、土を採取できるか?」
「キュ」
きら丸が土をたくわえる。
きら丸の腹袋を確認すると土系のアイテムが入っていた。
『フェルバース緑玉土』
魔力を含んだ土。一部植物の成長を促進させる。
「土もアイテムあつかいなのか」
村の土とは色合いが違うし別種のアイテムなのだろう。どうりでここのように村の樹木が育たないわけだ。
土で肥え太ったでけえ丸と村に戻った。カーラと相談して、新たにフェルバース緑玉土を撒いてマクワの実を植える。
カンカンカン! と甲高い音が響き渡った。
カーラさんがとなりでバッと顔を上げる。
「何だこれ」
「敵襲を知らせる合図です! すぐに避難しないと!」
そんなことまで事前に示し合わせてたか。俺が指示した訳じゃないのにしっかりしてるな。
「俺たちは迎撃に行く。カーラさんは逃げてくれ」
「分かりました!」
カーラが羽をパタパタさせて広場に向かう。
「行くぞきら丸」
「キュ」
俺は金属音がする方向に走る。
向かった先では指輪を身に着けた妖精たちが整列していた。
彼女らの指には複数の指輪。他の担当から指輪を受け取って戦力増強を図ったに違いない。
その分数は減っている。使いこなせば一人当たりの戦力を増強できるが、実戦経験の不足は不安の種として残る。前衛を張れる俺たちがいてよかった。。
「よし、行くぞい」
広場にはカジさんもいた。隆々とした腕には遺跡で振るっていたハンマーが握られている。
「カジさんも出るんだな」
「前張れるのはワシだけじゃからな」
「すみません。本当は私も前に出れたらいいのですが」
アメリアがうつむく。
「何を言っとる。そんな細身で獣の前に出たらすぐ蹴散らされるじゃろ」
「アメリアにはアメリアの仕事があるんだ。気負わずに自分のやるべきことをすればいいんだよ」
「そう、ですね。分かりました」
細い首が顔を上げた。
「これより外敵の迎撃に向かいます。落ち着いて練習した通りにやりましょう。フトシさんにきら丸さん、そしてカジさん。矮小な私たちにどうか力を貸してください」
俺は口角を上げて応じる。
「任せろ」
「村に住まわせてもらってる分は働いてやるぞい」
「心強いです」
俺たちはアメリアの号令で移動を開始する。




