第30話 クラン加入
「サグミさんお久しぶりです。本当に復帰してたんですね」
「うん。スズは元気してた?」
「はい」
レンズ越しの瞳がずれて俺を見る。
二つの目が見開かれた。
「フトシ!」
「初対面の女性にも呼び捨てにされた⁉」
「こらスズ、失礼でしょ」
「あ、ごめんなさい。ここにいるとは思わなくてつい。それよりサグミさん、フトシですよフトシ!」
「こら」
スズさんが苦笑いする。
俺、やっぱりファーコート着ようかなぁ。
「それで、フトシさんがいるからなんなの」
「なんなのって、もうすぐで第二回イベントですよ? この際ですしクランに参加してもらいましょうよ」
「クラン加入の話はもう終わってるのよ。男連中が暴走してくれたおかげでね」
「でもフトシを制した者はイベントを制すって掲示板でも言われてますよ。もう一度頼んでみましょうよ。ほら、リーダーも頼んで頼んで」
「落ち着いてスズ。要するに、フトシさんに評価Sの装備作ってもらいたいってことよね?」
「はい。ついでにハイポーションもたくさん作ってもらいましょう」
「全部マニーで買えるじゃない」
スズさんの表情が固まった。
サグミさんが言葉を続ける。
「装備も回復アイテムも全部売ってるわよね? どうして買わないの」
「それはその、だって高くて買えませんし」
「この前のイベントでワカハの露が大量に出回ったって聞いたけど?」
「全部転売屋に買い占められちゃいましたよ。値段はもうイベント前に戻ってます」
「ふーん。じゃあその高いのをフトシさんに負担させようとしたわけね」
スズさんが口をつぐむ。
サグミさんが小さく嘆息した。
「スズの気持ちは分かるよ? 誰だってイベントの優勝報酬は欲しい。第一回イベントで活躍したフトシさんを加入させたいって思うのは自然なことだと思う」
「だったら!」
サグミさんが手をかざしてその先を押しとどめた。
「でもそれはそれ。さっきも言ったけど、フトシさんはペット愛好会からの勧誘を断ってる。だからこの話はこれで終わり」
アトリエ内が沈黙で満たされる。
気まずい。まさかまたクラン勧誘が勃発するとは思ってなかった。
最初のあいさつする様子を見るに、二人はそれなりに仲がいいはず。この件で妙なしこりが残ったら嫌だな。
仕方ない、ここはクラフト仲間のために一肌脱ぐとするか。
「いいぜ、イベントの間だけ加入しても」
二人が振り向く。
一人は驚愕。もう片方は笑顔だ。
「本当ですか!」
「ああ」
「いいんですか? クラメンからは勧誘を断られたって聞いてますけど」
「確かに断ったな。でもここで断ったら、またどこかの誰かにクラン加入を迫られるかもしれないだろ? だったらいっそクランに加入した方が楽かと思って」
「私たちのクランは大きくありません。大して資金だってないですし、報酬に期待されても困りますよ?」
「その点も大丈夫だ。ワカハの露ならたくさん在庫があるし、何ならショップで買ってもいいからな」
「どんだけマニー余ってるんですか」
「それが商品すごい勢いで売れるんだよ。ちょっとやそっと散財したくらいじゃ痛くもかゆくもないんだ」
「それはすごいですね」
サグミさんが引きつった笑みを浮かべる。
話がまとまって俺はペット愛好会に一時加入した。
笑顔のスズさんを見送ってサグミさんと二人残される。
「フトシさん、ありがとうございます。クラン加入なんて嫌だったでしょうに」
「気にすんな。クラン加入は俺にもメリットがあるし」
「クラン加入もそうですけど、私とスズの間を取り持ってくれたんでしょ?」
言葉に詰まる。
さすがにばれるとは思ってなかった。
「図星ですか」
「ああ。よく分かったな」
「明らかに狙ったようなタイミングでしたからね。そうじゃないかなと思って」
思ってってことは勘かよ。もう少し粘ってみるんだったな。
気恥ずかしくなって頭の後ろをかく。
「ほら、サグミさん復帰したって言ってただろ。フレンドとの仲がぎこちなくなったら、せっかく復帰したのにかわいそうだと思ってさ」
「そこまで考えててくれたんですか。私たちまだ知り合って間もないのに」
「何言ってんだ、俺たちクラフト仲間だろ。困った時はお互いさまだ」
罪悪感を抱かせないように軽い調子で笑う。
端正な顔立ちにも微笑が浮かんだ。
「フトシさんいい人ですね」
「そうか?」
「そうですよ。知り合いみたいで安心感あります」
「やめてくれよ、照れるだろ」
「えー誉め言葉なんですから素直に受け取ってくださいよー」
サグミさんが小気味よく笑う。
楽し気に笑む彼女はまるで少女のようだった。
◇
次のクラフト課題をもらってフトシさんを玄関まで見送った。
私は元来た廊下を戻る。
「フトシさん優しいなぁ。名前が同じだと性格も似るのかな」
私がまだブレザーとミニスカートを履いていた頃の話だ。私はモテる運動部の部長に好意を告げられた。
私は振った。面識のない相手だったし、友達がその部長に想いを寄せていることを知っていたからだ。
でも告白の現場を女友達に見られた。
その日から私は所属グループの女子に無視された。
そんなことで無視するなんて子供か! と苛立ちながらも、独りでいる寂しさは私の心をゆっくりとむしばんだ。
その日も独りで昼食を食べていた。ふとした弾みで涙が出そうになった時、声をかけてくれたのが倉坂先輩だった。
最初はよくあるナンパかと思った。傷心の女の子を狙うなんて最低ですねと第一声で浴びせてやった。ナンパどころか逆上されねない物言いだったけど、その時の私は虚勢を張るので精いっぱいだった。
でも先輩は所詮先輩だった。怒鳴られなかったことにはほっとしたものの、失恋したのかとデリカシーのないことを問いかけられた。違うと言っても信じてもらえなくて、なぐさめるような言葉を延々とかけられた。途中から半分キレながら否定したのを覚えている。
それで変なスイッチが入ったのか、気がつくと先輩相手に友達への愚痴をぶちまけていた。散々哀れんでくれた仕返しに、先輩の弁当箱に箸を突っ込んで唐揚げを奪ってやった。反射的に上げられた「あっ、俺の唐揚げ!」は悲鳴じみていて思わず笑った。
その日から先輩をいじる楽しさに目覚めた。
昼食を一緒に食べるようになって、そのたびにおいしそうなおかずを拝借した。たまに先輩にやり返されて年甲斐もなくはしゃいだ。
いつの間にか心を侵食する寂しさは消えた。
後で謝ってきた友人もわだかまりなく許せた。先輩との触れ合いで気持ちに余裕ができてなかったら絶交を言い渡していたかもしれない。
あの時ほどじゃないけど、さっきはスズと険悪な空気になりかけた。
想い人と同じ名前の人に助けられた。何だか不思議な気分だ。
「さーて、次の課題に取り組もうかな」
私はクラフトレシピを開いてツボに素材アイテムを入れる。




