第29話 クランってめんどくさいんだな
翌日の帰宅頃に公式からアナウンスがあった。
内容は第二回イベントの詳細だ。週末に行われるイベントでは、一部の強化ボスを倒して回る内容が発表された。
イベントの報酬は欲しいが、俺には他に大事なことがある。
ログインしてマイルームに入った。
キュートでとにかくでかいペットが廊下をぴょんぴょん跳ねる。
「ただいまーきら丸」
「キュッ」
俺がログアウトしている間のきら丸は基本的にでけえ丸形態だ。アイテムの複製に成功したら倉庫に入れるよう頼んである。
でけえ丸をきら丸に戻して温室に入った。手分けして薬草を採取する。
ポーションの素材になる薬草はいくらあってもいい。在庫を見てにんまりするのは俺の日課だ。
ショップで売れたアイテム分のマニーを回収して倉庫にあずける。
クラフトタイムにしゃれ込んだ。レシピを眺めてショップに並べる物を選ぶ。
「何にしようかな……よし」
素材をツボに放り込んでミニゲームを開始した。この前とは違うパターンを黙々と処理する。
レア素材を使ったミニゲームは個性豊かで面白い。
でもありふれた音ゲー形式にはそこにしかない安心感がある。これはこれでいいものだ。
「商品完成っと」
評価Sの品をオンラインショップに並べる。
「あれ、一枠足りないな」
最後の一つは何を作ろうか。
レシピを決めて、素材が不足していることに気づいた。
「取りに行かなきゃか」
別の作ろうかなぁ。でもミニゲームの種類はそれぞれ違うし代用がきかない。
ミニゲームをやりたそうなきら丸にアトリエを任せて、俺は一人遺跡に転移する。
「待て、そこの男」
何かと思って振り返る。
そこにいるのは他のプレイヤーたち。
嫌な予感がする。
「俺に何か用か?」
「ああ。お前はフトシで間違いないな?」
「誰がフトシじゃい。フトシさんと呼べ」
このファーコートが見えないのか。心の中でそう告げる。
さすがに恥ずかしいから言葉じゃ言えない。
「これは失礼フトシさん」
全く動じている様子がない。
くそ、ヘルムもかぶるべきだったか。
「それで俺に何の用だよ。そもそもあんたら誰だ?」
「名乗りが遅れたな。我々はクラン牙王だ」
「がおう?」
「そう、牙王だ。我々は次のイベントで優勝を目指している。そこでフトシさん、君には我々の一員になってもらいたい」
なーんか前にもあったなぁこんなこと。
きら丸をマイルームに置いてきてよかった。
「何で俺なんだ? 強いプレイヤーなら他にもたくさんいるだろ」
「強いだけならな。だが装備を強化したところで個の強さには限界がある。しかしアイテムの質と量は裏切らない。そこで君だ。我々は君のクラフト技術が欲しい」
「ポーションとか?」
「そう」
「ハイポーションとか」
「まさしく!」
「要するにクラフトロボになれってことな」
「端的に言えばそうなる。して、返答はいかに?」
もう先の展開が読めるぞこれ。どうせ俺が断ったら「ならばッ!」とか言って武器構えるんだろ。
戦いは避けられない。
ならばッ!
「少し考えさせてくれ」
「長くは待てない。この場で決めてくれ」
「分かった」
俺は彼らに背を向けて歩く。う~~んとうなりながら距離を取る。
距離は稼いだしそろそろいいか。
「やっぱりこの話はなしで」
「そうか残念だ、あくまで大手のクランに下るというのだな。ならばッ!」
「先手必勝ぉぉっ!」
俺はエーテライトの儀礼剣をかかげた。無数の矢が武器を構えたプレイヤーたちに降り掛かる。
一人を除いてポリゴンと化した。
「な、何だ!? 今の流星のごとき矢は!」
「この剣のアビリティだ。すごいだろ」
最後の一人が目を見開く。
すぐにクハッと小さく笑った。
「予想通りだ。やはりとんでもないなフトシ」
「フトシ言うな」
「味方にならぬなら果てろフトシ!」
「だから呼び捨てにすんじゃねっつーの!」
エーテルの矢はリキャスト中だ。俺は剣を構えて男性を迎え撃つ。
イベント優勝を目指すと言うだけあって動きは洗練されている。プライマルファーコートの補助があっても気を抜けない。
思えば対人戦はこれで二度目か。クラフト一筋でクラマギを始めたのにどうしてこうなった。
視界の隅にあるタイマーが0を出力した。
一旦距離を取って再び剣をかかげる。
「ぶっ壊れだろそれ!」
青白い矢に射貫かれて最後の一人が霧散する。
やたらかっこつけた口調だったのに最後は陳腐な断末魔だった。
「クランってめんどくさいんだな」
このままだとまた別のクランが勧誘しに来そうだ。今回は迎撃したけど、いっそクランに参加した方が楽だったかもしれない。
「イベントどうしようかなぁ」
ひとまずは素材集めを終わらせよう。また面倒なのが来るかもしれないし。
俺は足早に遺跡に踏み入る。
◇
鉱石を発掘してマイルームに戻った。きら丸と交代してミニゲームにいそしむ。
作ったクラフト品で出品枠を埋めた瞬間コール音が鳴り響いた。目の前に展開したウィンドウが訪問者の顔を映す。
「サグミさんか」
コールに応じた。
「こんにちはフトシさん。今時間いいですか?」
「いいぞ。クラフトの話か?」
「はい。上達したので見てもらいたいと思いまして」
「分かった。今そっちに行くよ」
「待ってますね」
きら丸を連れてサグミさんのマイルームに転移した。おしゃれな家に歩み寄って玄関のドアをノックする。
開いたドアが知り合いの顔をのぞかせた。
「こんにちは」
「いらっしゃいフトシさん。今日もよろしくお願いします」
廊下を進んでアトリエに踏み入った。
相変わらずおしゃれな作業場だ。アメリアたちを舞わせてみたくなる。
「クラフトの腕が上達したんだって?」
「はい。見ててください」
サグミさんがツボに薬草を投げ入れる。
ミニゲームが始まった。繊細な手がボタンを押し鳴らす。
明らかに慣れた腕運び。判定もexcellent!が続く。。
最後の最後でgoodを出してミニゲームが終了した。
「ああ、もうっ!」
サグミさんが声を張り上げる。
意外と熱の入るタイプのようだ。
俺の視線に気づいて、サグミさんがあはははとごまかすように笑った。
「ごめんなさい、ちょっと熱が入りやすいもので」
「気持ちはすごく分かる。クラフトのミニゲーム楽しいよな」
「そうですね。最初はうまくいかなくてもどかしかったですけど、練習するたびに上達が分かって楽しくなるっていうか」
「分かる! すっげえ分かる!」
何回分かるを言ってんだ俺。
サグミさんに苦笑いさせてしまった。
「本当にクラフトが好きなんですね。すみません、本当はクラフトしたいところを練習につき合わせてしまって」
「気にしなくてくれ。クラフトについて語り合える友人いないからさ、サグミさんが興味を持ってくれて嬉しいんだ」
筋肉最高のクランにもクラフターはいるけど、俺は彼らの勧誘を蹴った。友人として交流するのは心理的ハードルが高い。
その点サグミさんは知り合ったばかりだ。俺と交流する目的はクラフト上達のためと明確だし、余計な気をつかわなくてすむ。
「そうでしたか。じゃあ私がクラフト仲間第一号ですね」
「そうだな。んじゃ次の課題行くか」
「全部判定エクセレントじゃなくていいんですか?」
「いいよそんなことしなくて。ポーションのパターンもう飽きたろ? エクセレントの練習なんて他のアイテムでもできるし、新しいミニゲームにチャレンジした方が上達も早いと思うぜ」
「なるほど。分かりました、では今日も指導よろしくお願いします」
「ああ。じゃあ次作るのは――」
ピンポーンと軽快な音が鳴り響く。
サグミさんの眼前にウィンドウが展開された。
「知り合いか?」
「はい、クラメンの女の子です。入れてもいいですか?」
一瞬思考する。
でも俺を襲ってきた連中に女性はいなかった。女性って話だし攻撃はされないだろう。
「ああ、いいぞ」
「ありがとうございます」
サグミさんがボタンを押した。
靴音が近づく。
廊下と面するドアが開いて眼鏡の女性が現れる。
 




