第19話 ごまかさないでくださいよー
「指輪、指輪っと」
マイルームに戻ってコンソールを開いた。
該当するレシピを探して指でスクロールする。
「あった!」
ウィンドウに指の腹を押しつけてスクロールを止めた。
レッドリング、ブルーリング、他にも色んな属性の魔法を秘めたアイテムの名前が並んでいる。
「色ごとに属性が割り振られてるんだな」
だとしたら防具みたく全属性耐性は無理そうだ。
全ての属性を全員分なんて気が遠くなる。人数を属性で割った数だけ作ればいいか。
幸いアイテム作成に必要な素材は集まっている。密林でピッケル振りまくった甲斐があったってもんだ。
「一応他の候補も見ておくか」
指輪より軽い物があるかは知らないけど。
期待せずにスクロールして、目を見張る。
『!』マークがついた文字列。そこにはファーコートの文字があった。
「あった!」
「キュッ!?」
きら丸がぴょんと跳ねる。
「悪い悪い、つい大声出しちまった」
驚かせたことを詫びてレシピを見る。
『プライマルファーコート』
原初を生きたゴリラの毛皮で作ったコート。その力強い生きざまは背中に現れる。
「これだ!」
これがあれば初対面で呼び捨てされずにすむ。
今のトゲトゲ装備だと俺自身がいかつくないからコスプレに見える。
でもこのコートがあれば組織のボスっぽい雰囲気が出る。
何より黒なら誰にでも似合う。きら丸を奪おうとするやつも思いとどまるに違いない。
「どうせシトリンローズが足りないし作っちゃお」
『ワイルドゴリラの毛皮』と『ビッグスパイダーの糸』をツボの中に落とす。
ウィンドウが展開された。画面上から玉が降り落ちる。
「でかいな」
ノーツがどれもビッグサイズだ
判定ラインでボタンを押してもヒビが入るだけだった。
「っと」
反射的に二回ボタンを押し込んだ。
それが幸いした。判定ラインより大きな玉が砕け散ってエクセレントの文字が浮き上がる。
「連続で押さなきゃ駄目なのか」
そうと分かればこっちのものだ。続く大玉も連打で砕く。
いつものように玉の数とスピードが上がる。ノーツの過ぎ去るスピードが速まった分だけ連打の猶予が失われる。
腕が疲れる。
まだだ、耐えろ腕。今までやったミニゲームから逆算するともう少しのはずだ。
画面の上から巨大な玉が現れた。
で か い。
たった一つで画面の横幅を埋めている。
間違いない。これが最後の玉だ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
全てのボタンをひたすら連打。巨大な玉に微かながらもヒビが広がる。
ゴリラとタルを使ってやり合った時のことを思い出す。さながらゴリラのリベンジといったところか。
連打の末に玉が砕け散った。
祝うようなBGMに遅れてリザルト画面が評価Sを書き記す。
「よっしゃああああああああああっ!」
ガッツポーズ。天井に向けて拳をかかげる。前腕に走る鈍い疲れが誇らしい。
「どれどれ、早速見てみようっと」
当然評価はS。胸を高鳴らせてウィンドウをタップする。
レア度4
『プライマルファーコート』
アビリティ【本能の目覚め】
素晴らしい出来。このレベルの物は中々お目に掛かれない。
早速装着。トゲトゲしい鎧の上に黒い毛皮のコートが発現する。
「おー雰囲気出るなぁ」
裏組織のボスみたいだ。胸を張って腕を組むだけで風格が出る。
完璧だ。
初対面相手に、二度とフトシなんて呼ばせない。
◇
指輪のクラフトをすませてその日はログアウトした。
翌朝は妙に気分が軽い。ファーコートを得て一種の自信がついたからだろうか。
意気揚々と出社した。
「おはよう小川」
「お、おう、おはよう」
俺はチェアに座って始業の準備に取りかかる。
小川が歩み寄ってきた。
「その、倉坂。どした?」
「どしたって?」
「今日はやたらと機嫌いいと思ってさ」
「んーそうだなぁ、言っちゃおうかなぁ」
教えるのもいいけど、やっぱ見せて驚かせたいし内緒にしよう。
「うわうっざ、やっぱいいわ。ところでアプデ楽しんでるか?」
「おう。最高だぜ」
「そりゃよかった。掲示板でフトシフトシ言われてるから大丈夫かと思ってな」
「何であいつら俺を呼び捨てにするんだ?」
「そりゃプレイヤーネームがフトシだからだろ。アバターをフトシって名づけたお前が悪い」
「そっかぁ」
自分の名前をつけるとそういう問題もあるんだな。
「先輩方おはようございまーす。何の話をしてるんですか?」
「クラフトマギアの話だよ」
「へー小川先輩もクラフトマギアするんですね。盛り上がってましたし何かレアドロップでもありました?」
「それがよー、倉坂がうぜえの」
「うぜえって何だよ。お言葉遣いが悪うございますのことよ」
「それもう一周回って言葉遣い悪いですね。それで倉坂先輩がどうしたんですか? もったいぶらずに教えてくださいよ」
「んー」
実際に見せて驚かせたいんだけどなぁ。
でもうざいの印象が先行して驚いてくれないのも困る。
もう言っちゃうか。
「実はファーコート作ったんだ」
「ファーコート? 何で先輩がそんなものを」
「それは――」
告げようとして口をつぐむ。
よくよく考えると、フトシ呼びを気にしたなんてだっさいな。先輩としての威厳なんて欠片もない。
今さらながらごまかしたくなってきた。
「やっぱ今のなし。忘れて」
佐原が目をぱちくりさせる。
桃色のくちびるがにぃーっとつり上がった。
やばい。これスイッチ入った。
俺は目の前のパソコンに向き直る。
「えー忘れませんよー。ファーコートがどうしたんですかぁ?」
「さーて仕事やろっかなー」
「ごまかさないでくださいよー」
「朝礼! 朝礼あるから席つけよ佐原」
「月曜日じゃありませんよ? カレンダー持ってますから見せてあげますねー」
「もうやめてっ!」
佐原が小気味よく笑う。
懇願もむなしく、今日は一日中ファーコートのネタでいじられた。
 




