第16話 いただきまーす
「おいおいおいおいおい!」
ゴリラが岩投げてくるなんて聞いてねえって!
早く逃げないと!
「フトシさん! タルを叩いてください!」
「タル!? 今はそんなこと言ってる場合じゃ」
「早く!」
勢いに流されてタルを適当に叩く。
宙に半透明な障壁が出現した。岩とぶつかって互いに砕け散る。
「おお」
何だあれ、すげえ!
よくよく見ると宙に紋章のようなものが浮いている。あれから障壁が発生するってことか。
つまりはあれが判定ライン。岩が通過するタイミングで押せばいいってことだな。
「そうと分かりゃこっちのもんだ」
ゴリラがまた岩を投げる。
タイミングを計ってタルを叩いた。想像通り障壁が岩を止めて瓦礫に変える。
飛来する岩を撃墜するにつれて投擲ペースが速まる。
「どうしたどうした、その程度じゃ俺には当たらないぜ」
ゴリラが真っ赤になって飛び跳ねた。倍速化したような動きで岩を連投する。
やがて巨大な岩を持ち上げた。
「あれは一回の障壁展開じゃ防げません。障壁が壊れても連続で再展開してください」
「分かった」
大岩が迫る。
俺はタルを叩いた。展開された障壁があっけなく砕け散る。
負けじとタルを連打して高速展開を繰り返す。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
連打、連打!
連打連打連打連打連打!
視界を埋め尽くすビッグサイズが爆散した。パラパラと散った瓦礫が地面を打ち鳴らす。
ゴリラが地面にひざをついてうなだれた。
「よっしゃあああああっ!」
思わずガッツポーズ。きら丸も興奮したようにぴょんぴょんする。
人面岩の口がおもむろに開いた。
「見事だフトシよ。試練を乗り越えたお主には、この奥に足を踏み入れることを許そう。秘境に立ち入る覚悟はあるか?」
目の前に長方形のウィンドウが浮き上がる。
【クエスト『秘境に舞う妖精たち』を受注しますか?】
『はい』『いいえ』
「クエスト?」
確か冒険って意味だよな。何故このタイミングで。
とりあえず『はい』を押してみた。
「よくぞ言ったフトシ。では、いただきまーす」
人面岩が大きく口を開いた。
「へ?」
靴裏が地面を離れた。掃除機に吸い込まれるほこりのごとく吸い込まれる。
「嘘だろおおおおおおっ!?」
「キューッ!」
俺ときら丸の悲鳴が人面岩の口内に響き渡る。
視界から光が失われた。
「――あの、そろそろ起きてください」
「ん……」
視界が黒以外の色を取り戻す。
俺は色鮮やかな場所にいた。質素だった洞窟内から一転して花が周りを彩っている。
「どこだここ」
そうだ、きら丸は!
見渡すときらきらしたものが映った。
「キュ」
「きら丸! よかった、無事だったか」
安堵して、この場にいるもう一人に目を向ける。
「えっと、君は誰?」
小さな羽に前腕程度の身長。見るからに妖精って感じの生き物が宙に浮いている。というかクエスト名からして間違いなく妖精だ。
「アメリアです。洞窟で話したじゃないですか」
「君妖精だったのかよ!」
「はい。騙していてすみません。あなたのクラフトの腕を確かめたかったんです。あなたたちを村に招待します、ついてきてください」
妖精が羽をひらひらさせて背を向ける。
こんな状況だ、ついて行くより他にない。
「行こうきら丸」
「キュッ」
アメリアの背中に続いて足を進める。
案内された先には広場があった。
アメリアが声を張り上げる。
「おーいみんな、人間つれてきたよー!」
木陰から別の妖精が顔を出す。
見渡しても相変わらず緑だらけ。自然と共生しているって表現がしっくりくる場所だ。
「ほんとに人間?」
「スライムもいるー」
小さな人型が寄ってくる。
かわいいな。無邪気な感じが子供みたいだ。
「こんなところに俺を連れてきて何をさせるつもりなんだ?」
「私たちを助けてほしいんです」
「助ける?」
アメリアが事情を説明する。
妖精は元々外の世界に住んでいた。ある日をさかいにして妖精界に閉じこもり、妖精だけで質素ながらも穏やかに生活してきた。
それも途中まで。スプリガンなる種族が武力をかざして争いを始めた。
のほほんと生きてきたアメリアたちシルフに対抗のすべはない。どうやって戦いの備えをすればいいかも分からない。
そこで妖精界の外にいる存在に助けを求めた。
技術や戦闘に秀でているのは人間。評価Sのアイテム要求や試練は、妖精界に連れてくる人を選ぶために行っていたらしい。
「事情は分かったけど、返事をする前に一つ聞かせてくれ。アメリアはスプリガンたちをどうしたいんだ? 武力をもって制圧したいのか?」
「そこまでは考えていません。今のままでは話すら聞いてもらえない。だからスプリガンを話の席に着かせるだけの力が欲しいんです」
「そういうことなら力を貸すよ。ちなみにスプリガンってどれくらいの力を持ってるんだ?」
「腕力は私たちと同程度ですね。せいぜい魔法を使うくらいでしょうか」
「んじゃ魔法に強い防具が必要だな。後は腕力に依存しない武器か」
「そんな物があるんですか?」
「あるぞ。例えばこれだ」
俺は鞘からシャインライトの儀剣を抜き放つ。
「剣ですね。私たちには大きいように見えますが」
「何もこれを配るわけじゃない。この武器はかざすと魔法が発動するんだ。探せばアメリアたちでも持てる物があるかもしれない」
「それはいいですね。でも私たちはマニーを持ってません」
妖精たちが表情を陰らせる。
妖精の世界に人間の通貨が流通してるはずもない。そんなの提案する前から分かってたことだ。
「いいよお金なんて。俺が勝手に助けたいだけだから」
妖精たちがパッと表情を明るくした。
「ありがとうございます。でも施してもらうだけなのは心が痛むので、何かしら考えておきますね」
「そうか? なら期待させてもらおうかな」
クラフトはここじゃできない。
妖精界でやれることをやろう。そう思ってアメリアに周囲の案内を頼んだ。




