第13話 アップデート初日
帰宅途中コンビニに立ち寄った。プリペイドカードを購入して帰途を急ぐ。
帰宅するなり更新データのダウンロード開始。
入浴夕食などの身支度をすませてゲームハードをかぶった。ベッドに横たわっていざログイン。
マイルームの光景が広がった。
「よっ、きら丸」
「キュッ」
ペットとあいさつを交わして早速課金。クラフト関連の設備を充実させる。
新しい設備が追加された。
満足だ。
「えっと、次は何すんだっけ」
メモしたことを頭の中で思い浮かべて、新マップが解放されたことを思い出す。
「新マップは後でいいか」
どうせ素材集めに出かけることになるんだ。まずは何ができるようになったのか確認しよう。
手始めに追加されたルームに入った。眼前に浮き上がったウィンドウがルームの説明を書き記す。
「成長を速める畑か。そりゃいいな」
薬草を植えておけば早く収穫できる。継続的に採取できる環境を整えればショップで購入しなくてもいいわけか。
「お次は何かなーっと」
溶鉱炉。別室には夏場熱そうな設備が整っている。
溶鉱炉が解禁されてインゴットを作れるようになった。インゴットを使用して作られたアイテムは、性能やレアアビ出現率に補正がかかるらしい。
「鉱石素材たんまりあるし試してみるか」
鉄鉱石を消費して溶鉱炉を起動させる。
魔法のある世界だけあって作業はスムーズだ。あっという間に棒状の素材ができ上がった。
『鉄のインゴット』
鉄鉱石を溶かして固めたインゴット。幅広い用途をもつ。
「クラフト品でも素材アイテムのあつかいか」
たぶんショップで売り出せるんだろうけど、ミニゲームがないから質の上下がない。すぐに安く買いたたかれるのは目に見えてる。
オンラインショップをのぞき込むと、思った通りはした金で取引されている。
「クラフト素材として使った方がよさそうだな」
アトリエに戻って鉄のインゴットをツボに放り込んだ。
ミニゲームをこなして評価Sを出す。
レア度2
『鉄製の剣』
攻撃力 +8
アビリティ【攻撃力 +1】
素晴らしい出来。このレベルの物は中々お目に掛かれない。
これは……うん。
「微妙だな」
これはすごいのかすら分からない。
武器の攻撃力が上がったのはいい。レア掘りを考えれば討伐タイムを短縮できるのは有用だ。
でも今回はインゴットを使った。鉄鉱石を使うパターンよりも多くの素材を使用した。
それでパッとしない出来ではなぁ。
「他の人はどうなんだろ」
ショップに売られている鉄製の剣を眺める。
「あれ、攻撃のアビリティがないな」
すでに数十本も売られてるのに、攻撃+のアビリティがついている商品は一本もない。
今さら鉄製の剣が売れるとは思えないけど、一番強い武器に攻撃+をつけることができたらワンチャン高く売れるかもしれない。
「そうとなれば素材検索だな」
新マップが実装されたからには新しい素材が取引されているはずだ。
俺は電車に揺られる間に勉強した。
だから知っている。クラフトマギアには素材屋なる商売が存在すると。
新マップが解放されてから三時間以上が経過している。素材売りに命をかける人たちがショップに新素材を流通させているはずだ。
「システムでフィルターをかけて検索っと」
新素材はレア度が高いに決まってる。
そう思って調べたら眼前に0が八つ並んだ。
「一億!? 買わせる気ないだろこれ!」
くそ、手が届かない。いかにもレア度が高そうな素材なのに!
「こうなったら自分で取りに行くしかねえな。いくぞきら丸!」
「キュッ!」
元気いっぱいのきら丸とマイルームを出た。
最初の街ががらんとしている。人気ゲームだから人はいるものの、装いからして始めたての人ばかり目につく。
みんな新しい街に行ったってことなんだろう。
「待ってろ、俺だってすぐに行ってやるぜ!」
走る、走る。
さらに走る。
「どこ行きゃいいんだあああああっ!」
早く新天地を踏みたいのに分からない。エサを前に待てと命じられた犬の気分だ。
「あの」
「ん?」
呼び止められて振り返ると女性プレイヤーが二人立っていた。
「もしかしてフトシさんですか?」
「ああ。俺はフトシだが」
「やっぱり! そのトゲトゲした甲冑はそうなんじゃないかと思いました」
「イベントのライブ配信見てました! 優勝おめでとうございます!」
おお、見ず知らずのプレイヤーが嬉々として。これがイベント優勝の効果か。
二人がきら丸に歩み寄って腰を落とす。
「この子がきら丸ですね。かわいいーっ! なでてもいいですか?」
「ああ、どうぞ」
「ありがとうございます!」
四本の腕がきら丸をなで回す。
飛び交う黄色い声が周りの人の関心を引いた。一人、また一人ときら丸のもとに集う。
気持ちは分かる。かわいいもんなきら丸。
「あーそうそう、新マップってどこにあるか知ってる?」
「ええ。それならあっちにある山を越えた先ですね」
「ありがとう。じゃ俺約束あるからそろそろ」
もちろん約束なんてしてない。でもこのままだと他のプレイヤーまできら丸を愛でそうな空気がある。
それは駄目だ。俺は早く新しい素材をおがみたい。
約束があると言えば穏便に立ち去れるはずだ。
「あ、そうでしたか。すみません引き止めてしまって」
「気にするな。じゃあまたどこかで」
俺は目的の方角へと走る。ぴょんぴょんときら丸も続く。
きら丸と会った山を登って高所から見下ろすと、この前まではなかった下り斜面が伸びていた。
転ばないように下って平らな地面を踏みしめる。
進んだ先には草原が広がっていた。遠方には高所から見下ろした時に確認した街がある。
「あれが新しい街か」
これで俺もアップデート内容にありつける。
いざ、新天地へ!
「待てそこのフトシ!」
反射的に足を止めた。
「呼び捨て!?」
どこの誰かは知らないが、呼び捨て!
顔をおがんでやろうと振り返ると五つの人影が立っていた。
「いきなり人を呼び捨てとはどういう了見だよ」
「ああよかった、やはりフトシさんだったか。ずっと探していたんだ」
さんづけになった。
調子くるうぜ、ったく。
「それで、俺に何の用なんだ」
「その前に自己紹介をば。私はぷるる、ペット愛好会のメンバーだ。ぷるるんとしたフォルムを愛している」
「最後のいる?」
「いる。何よりも大事だ」
「そうか」
「本題に入る前に一つ聞きたい。フトシさん、我らがペット愛好会に入る気はないか?」
「悪いけどクラフトにしか興味ないんだ。愛好会に入ってもあんまり顔出さないっつーか、意味ないと思うんだよ」
正確にはクラフトのミニゲームを楽しむためだけど、より難易度の高いミニゲームに挑むには希少な素材が必要だ。素材集めする時間を考えたらスライムを愛でる時間はない。
「そうか。では二つ目の質問だが」
「さっき一つって言ってなかったか?」
「幻聴だ」
「そうかい。どっちでもいいけどさ」
「そのスライムはどこでテイムしたんだ? 教えてくれ」
「洞窟だよ。ちょうどあっちの山にある。きらきらしてるからすぐ分かるぞ」
「それはよかった。では本題に入ろう。そこのスライム、きら丸だったか。我々に譲ってくれ」
「悪いけどきら丸は売れない。もう相棒みたいなものだからな」
「無論タダとは言わない。いい値を払おう」
最近いい値って言葉よく聞くなぁ。
流行ってんのかな。
「だから売れないんだって。非売品どころか相棒なの」
「どうしても駄目か? 今ならレア素材もつけるぞ」
「自分で掘るからいい」
「そうか。それは残念だ、ならばッ!」
五人がいっせいに武器を出した。




