第12話 大好きだぞ
月曜日が来てしまった。
日曜30時なんてごまかしが通じる年齢じゃない。平日のルーティンをすませてビルに入った。
同僚とのあいさつと朝礼を経てパソコンの画面とにらめっこする。
午前の仕事を終えてお昼休みをむかえた。一種の救われた心持ちを抱いてチェアを立つ。
「小川、昼飯行こうぜ」
「悪い、仕事のキリが悪いから先行っててくれ」
「分かった」
一人での昼食か。ずいぶん久しぶりな気がするな。
他のグループに入れてもらう手もあるがどうしよう。
「せんぱーい、昼食私と食べましょうよ」
スーツ姿の女性が歩み寄る。
「佐原か。いつものグループはどうしたんだ?」
「今日弁当忘れちゃって食堂なんです」
「それは災難だったな。じゃ一緒に食うか」
「はい!」
佐原と騒がしい食堂に入った。カウンター越しにおぼんを受け取ってチェアに座る。
佐原が横から皿をのぞき込む。
「かつ丼ですか。先輩はお肉好きですよね」
「おう、大好きだぞ」
佐原がポケットからスマートフォンを取り出した。指で何度か画面をタップする。
「先輩、よく聞こえなかったのでもう一度言ってください」
「ん、かつ丼好きだぞ」
「違うでしょそうじゃなかったでしょ」
「いやそうだったって。てか違うって分かんのかよ聞こえなかったのに」
「聞こえなかったとは言ってません。よく聞こえなかったって言ったんです」
「じゃ言い直す必要なかったじゃん」
「あります。私完璧主義者なので」
「初めて知ったぞそんなの」
「いいから早くしてください。お昼ご飯冷めちゃいます」
「へいへい」
俺は「おう、大好きだぞ」を口にして箸を握った。
佐原もスマートフォンを片づけて箸を握る。
「せんぱーい、お肉一つください」
「いいぞ。好きなの取ってけ」
「わーい、いただきまーす」
佐原が箸でとんかつの一切れを持っていった。
ぱくっと一口した後輩がにまっとする。
「佐原はいい顔して食べるなぁ」
「やだ、あんまり見ないでくださいよ」
「すまんすまん。佐原と食べるの久しぶりだからついな」
「先輩ってそういうところほんと相変わらずですよねー。デリカシーがないと女性に嫌われちゃいますよ?」
「それは嫌だな。でも佐原とは何だかんだ長いけど、どうして平気なんだ?」
「どうしてだと思います?」
じっと目を見すえられる。
ひらめいた。
「分かったぞ。佐原もデリカシーにかけるからちょうどよかったんだな!」
「むんッ!」
「痛ったっ⁉」
背中の衝撃に続いてパァンッ! と乾いた音が鳴り響いた。
「おま、何するんだ!」
「デリカシーに欠ける朴念仁に天誅を下したんです」
お互いさまだろそれ。
そう思ったけど、言葉にすると第二打をくらいそうだからやめておいた。
「そういえば先輩、この前コンビニでクラフトマギアのプリペイドカード買ってましたよね」
「よく見てたな。最近はまってるんだ」
「そうなんですか。ちなみに名前は何にしたんですか?」
「フトシ」
「え?」
佐原が目をぱちくりさせる。
「フトシだって」
「ちょちょちょっと待ってください。名前そのまま使ったんですか?」
「ああ。分かりやすいだろ」
「ええまあ、なんというか先輩らしいですね。普通リアル割れること考えて偽名使いそうなものですけど」
「そういうもんなのか。佐原は色々考えてるんだな」
「先輩が考えなしなだけですよ。色んな人がいるんですからトラブルの一つや二つ起こるでしょ。そういう因縁リアルに持ち込むやばいのもいるんですから、先輩も気をつけてくださいね」
「おう。心配してくれてありがとな」
やっぱ佐原はいいやつだな。普段の言動で誤解されがちだけど。
「なんだったら一緒にやります?」
「一緒にって?」
「だから、クラマギですよ」
「なんだ、佐原もクラフトマギアやってたのか。教えてくれりゃよかったのに」
「聞かれなかったからですよ。それで、どうなんですか?」
「いいぞ。一緒にやるか」
「やった」
佐原が小さくつぶやく。
よほどゲーム仲間が欲しかったんだな。
「じゃあアップデート後に合流しましょうよ」
「おう。ちなみに俺詳しいこと知らないんだけどさ、クラフトって二人用モードあるのか?」
「ないと思います。どうしてそんなことを聞くんですか?」
「俺クラフトしかやらないから」
「はい?」
「クラフトしかやらないんだ。音ゲーみたいでこれがまた楽しくてさ」
「何で色々やれるクラフトマギアでクラフト専なんですか。いや先輩が音ゲーぐるいなのは知ってましたけど、もっとこう別にやることあるでしょ」
「例えば?」
「冒険戦闘素材集めとかとかですよ。クラフトにもマニーや素材がいるんですから先細りするでしょ」
「それがよ、今すごく調子いいんだ。クラフト品は作った先から売れてくし、時々まとまった取引があってな。もうクラフトだけでやっていけそうなんだ」
「それはすごいですね。なんかもう、所詮先輩ですね」
「なんだよ所詮って」
「先輩は先輩ってことですよ。そういえばイベントで優勝した人もフトシって名前でしたね。クラフトぐるいでお似合いじゃないですか。よかったですね!」
後輩がむっとしてご飯をほおばる。
実はそのプレイヤー俺なんだ、なんて言い出せる雰囲気じゃない。
俺、佐原を怒らせるようなこと言っただろうか。




