アースファルト視点「神の微笑みに、跪いた」
彼女と出会ったその瞬間、私は、膝をついていた。
「ふくよかで、つぶらな瞳を持ち、黒髪と小さな鼻を備えた者こそ、神の美」――そう語り継がれるこの世界で、彼女はまさに“伝説”そのものだった。
今回は、森でカナコと出会った【アースファルト視点】の物語です。
その心の内にあった、驚きと戸惑い、そして……芽生えてしまった恋心を、どうぞご覧ください。
森で彼女と出会った瞬間、私は全身の血が逆流するような衝撃を受けた。
目の前にいたのは、伝説に記された“神の美”を、すべて兼ね備えた存在だったからだ。
ふくよかな体。柔らかな丸みを帯びた頬。小さく品のある鼻。つぶらな瞳と黒い髪。
この国――いや、大陸全土においても、これほど完全な美を持つ人間など、見たことがなかった。
「ダイジョブデスヨー。ワタシハアナタが怖くないデスヨー」
その第一声。
少しぎこちないが、まっすぐで、優しい口調。
言葉を選び、私を怖がらせないように配慮した声音だった。
ああ、この方は……
この神のような御方は、私を恐れていない。
私の見た目を忌避していない。
私を、人として扱ってくださっている……!
この世界では、私のような無骨な顔立ちの者は、忌まわしいとされる。
小柄で細身の者が“端正”とされる価値観の中で、私は常に見下され、陰で笑われてきた。
傭兵という職で名を上げても、宿屋で侮蔑の視線を浴びることに変わりはない。
なのに、彼女は。
この方は。
初対面の私に、にっこりと――なんの偏見もなく、微笑んでくださった。
……その瞬間、私は跪いていた。
無意識に、膝が地面についたのだ。
これが神を前にした、正しき姿だと、本能が理解していた。
そして彼女――カナコ様は、こう言った。
「ちなみに私の世界では、アナタは“美しい”部類に入ります。私はどちらかというと、“ブサイク”側です」
信じられなかった。
この世界の最上の美が、自らを“醜い”と称するなど。
そして、私のような者を“美しい”と言うなど……
その価値観の違いが、むしろ彼女の清らかさを浮かび上がらせた。
愚かだ。私はすでに――
一目で、心を奪われていた。
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それからというもの、私は必死で感情を隠した。
カナコ様は混乱していた。
この世界のことを何も知らず、突然転移し、不安に駆られている。
それなのに、私の顔を見て微笑み、礼を言い、ありがとうと囁いてくださった。
なんというお優しさ……
この世界で、私のような者に笑いかけてくれた方など、今まで一人としていなかったというのに。
心が、苦しいほど揺れる。
この方を――王城に連れていきたくない。
……あまりに、眩しすぎる。
王都には、魔法師も騎士団も、貴族も大勢いる。
皆、カナコ様の“美”にひれ伏すだろう。
いや、当然だ。私でさえ……この心の奥底まで、すでに。
でも、それは私のエゴだ。
彼女は、この世界の真実を知りたいと望んでいる。
恐怖と不安の中で、それでも明るく、前向きに、受け入れようとしている。
そんな彼女の背を、押さずにどうする?
私ができるのは――
彼女の旅の第一歩を、誠実に導くことだけ。
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「では……近くに私の小屋がございます。今日はもう日が暮れかけており、魔獣たちの危険もあります。どうかお泊まりになってください。私は王国で傭兵をしている、アースファルトと申します。け、決して怪しい者ではございません」
震える声をなんとか押し殺し、名乗る。
彼女の瞳が、やわらかく細められる。
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
その瞬間、胸が詰まった。
ああ、守りたい。
この方の笑顔を、ずっと守っていたい。
その思いが、言葉にならず、ただ頭を深く垂れることしかできなかった。
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ここまで読んでいただきありがとうございます!
アースファルトの不器用ながら誠実な心、そして“神のような美しさ”を持つカナコに対する敬意とときめき――少しでも伝わっていれば嬉しいです。
本人はまだ「一目惚れ」と気づいていないかもしれませんが、読者の皆さんにはきっとバレバレかと(笑)
次回からはいよいよ【王城編】へ! 聖女適性診断(?)や、王城の人々との新たな出会いも待っています。
引き続き、応援よろしくお願いします!