07.ふたり
デートが終わり、夕暮れ、星奈と二人で帰り道を歩いていた。
「今日、どうだった?」
「まぁ、それなりに」
「ふーん。てか、そもそも誘い受けたのが意外だったんだけど」
「え、だって、りこと遊ぶから来てね、みたいな感じで言われたから、決定事項なんだと思って……」
「は? えっと、今まで、詐欺にあった経験は?」
「あるわけないでしょ。ていうか、一樹くんは知ってる人だし……」
「そういう問題じゃないんです! これは、琉惺くんが過保護になるのもわかります。ていうか、いつの間にか、しれっと名前呼びになってない!?」
「別に、名前で呼んでって言われたから」
「素直すぎ、いつもの星奈ちゃんじゃない! あいつになんか変なことされてない!?」
「りこは?」
思わず、へ? と間抜けな声がでる。
「随分楽しそうだったよね。付き合っちゃえばいいのにって思った。お似合いじゃん」
あぁ、これだから嫌だったのだ。
ほら、やっぱり、友情は恋愛が絡むと面倒くさいことになる。
「もしかして、星奈ちゃん嫉妬してるの?」
星奈は、足を止めて、私の方に向き直った。そして、視線を合わせ、口を開いたが、何も言葉は紡がれることなく、再び唇は閉じた。
「するわけないじゃん」
前を向き、視線を合わせることなく言ったその言葉は、彼女にしては、弱々しかった。
***
その日の夜、なんとなく眠れなくて、私は、深夜にコンビニへと訪れていた。適当にお菓子をいくつか手に取り、レジへと向かう。
別にお腹が空いていたわけではなかったけれど、なんとなく明るくて、人の居るところに行きたかった。
「あれ? 和泉」
つい最近聞いた声が私の耳に届いた。
「戸田じゃん。こんな時間に何してんの?」
「そっくりそのまま返すけど」
戸田は、隣に来ると、そのまま持っていたペットボトル飲料を置き、一緒で、といって財布を取り出す。
「ちょっと待って、お金」
「いいよ。奢る」
「奢られたくない」
「じゃあ、俺が食う」
「泥棒!」
「何でだよ」
彼は、くすりと笑うとビニール袋を手に、さっさと出て行ってしまう。
「ちょっと待ってよ! ほんとにくれないつもりじゃん!」
戸田を追いかけて、私も外に出ると、彼は、空を見上げて唐突に言った。
「なぁ、星、見に行かね?」
「……いいけど」
「いいのかよ」
「一人暮らしだから門限とかないし……そういう戸田こそ、親に怒られたりしないの?」
「うちは、二人とも家にいること少ないし、俺には無関心だから大丈夫」
――それ、大丈夫じゃないじゃん
出かかった言葉を飲み込む。変な同情も余計な詮索もされたくないのは、わかるから。
「そっか」
「気にならないの?」
「気になるよ。けど、無理に聞き出したいとは、思わないし、そういうのって相手が話したいと思ったてきに話してくれればいいと思ってるから」
「良いこと言うじゃん」
「でしょ?」
二人で顔を見合せて笑った。
「うちさ、両親の仲悪くて、昔、一度仲裁に入ったこともあったんだけど、お前は、余計な口出すなって、キレられて……だったら、子供の前で喧嘩すんなよって感じだよな。それで、そっからは、もう関わらないようにしてる」
「全部教えてくれるじゃん……」
「和泉になら、いいやと思って。あ、別にだからって、そっちも話せとかそういうんじゃないから」
「うちは、両親の仲は、死ぬほど良かったみたいだから寧ろ気まずいわ」
「それは、逆に聞きたいかも」
「面白い話じゃないけど、いい?」
「いいよ」
「うち、お母さんは、私を産んだときに亡くなっちゃってさ。でも、ことある毎にお父さんは、お母さんの話してて、私のことより好きなんじゃないかってくらい。でも、そのおかげで私、お母さんの思い出も沢山あるんだよね」
私が笑うと彼は、俄に私の頭を撫でた。
「ちょっと何すんの」
「ごめん。可愛いなって思って」
少しドキリとした。その表情は、優しくて、下手な子供扱いとは、何だか違う気がしたから。
「あ、いや、勝手に触って悪かった……」
私の無言を拒絶だと捉えたのか、彼は、先ほどよりも大幅に距離をとる。私は、それがおかしくて、でも、嬉しくて、一歩、開いた距離を詰めた。
「ごめん。嫌だった訳じゃないんだ。戸田の手は、大きくて、あったかいね」
***
星がよく見える丘につくと、二人で並んで座った。
「こんな風に、星を見たの久しぶりかも」
「まぁ、夜ってだいたい家の中にいるしな」
「なんか、こんなに綺麗な景色なのに、みーんな寝ちゃってるのって勿体ないね」
「でも、よく見るわけじゃないからこそ、より一層綺麗に見えるんじゃない?」
「なるほど……そういうもんか」
「そういうもんだよ」
「なんか、戸田といる時間ってまったりしてて、いいね」
私がそういうと途端に彼は、バツが悪そうな顔をする。
「あー、悪い。一応先に言っとく。俺、和泉のこと好きなんだよね。けど、そんだけ。友達のままでもいいと思ってる。言うのもどうかと思ったけど、後出しするのも違う気がして。嫌だったら、距離とってくれて構わないから。ごめん」
彼は、恥ずかしさより申し訳なさが勝っているみたいで、こんなに最高のシュチュエーションにも関わらず、全然告白という感じがしなくて、笑ってしまう。
「いや、何で謝るの」
「だって、好きじゃないやつからの好意って重いだろ」
「あー、戸田は、女の子に依存されそうなタイプだもんね」
「なにそれ」
「だって、優しくて、気が利くし、顔も悪くない。軽い子は、全部一樹に流れそうだし……」
「そう? 俺は、一樹みたいに上手くあしらえないからだと思ってるけど」
「重い子ばっかり引き寄せてる自覚はあると」
「ノーコメントで」
「ふははっ、やっぱりそうなんじゃん」
先程と変わらぬ距離感で、話せていることに安堵した。
好きって言われるのは、苦手だった。
こっちは、友達としか思ってないのに、何だか急に裏切られたような気がして悲しかったから。けれど、戸田は、好意を押し付けてくる訳でもなく、さらっと言ってしまった。
それは、こちらに期待して言ってるわけではなく、寧ろこっちのことも気遣っていて、本当によくできた人だなと思った。
「でもさ、一樹は、軽すぎだよね。まさか星奈にまで手を出すとは思わなかったよ」
「いや、あれは、手を出したというか、成り行きだから」
「成り行き?」
「あれ?聞いてない?」
「確か星奈は、確定事項みたいに言われたからって……」
「あー、まぁ、順を追って説明すると――」
あの日、星奈がいつものように一人で本を読んでいるところに、一人の男子生徒がしつこく言い寄っていたらしい。そして、見かねた一樹が声をかけた。
――悪いけど、この子に言い寄るのやめてくんない?
――は?お前には関係ないだろ。
――関係あるって、だって、お前がしつこく誘ってた今度の日曜は、俺と先約があるんだから。ね? 星奈ちゃん。
星奈がこくりと頷くとその人は、信じられないという顔をし、騙されたと憤慨して、その場を後にしたらしい。何ともはた迷惑な話だ。
そして、一樹は、そいつが去ったのを見届けてから帰ろうとしたが、そこを星奈に呼び止められた。
――あの……ありがとう
――うん。どういたしまして。
――何か、お礼とかした方がいいですか?
――別に大丈夫だよ。あ、じゃあ、日曜日、本当にデート行く? なんて
――いいよ……行ってもいい。
そう答える星奈の面持ちが余りにも緊張しているみたいだったから、彼は、私の名前を出したらしかった。
「もしかして、言い寄ってたのって……」
「そう。ここ最近、ずっと如月にちょっかいかけてたやつ」
「やっぱり……なるべく星奈と一緒にいるようにして、ガードしてたら、全然見かけなくなったから諦めたと思ってたのに」
「凄いよね。どう見たって脈なしだし、なにより、すぐ隣に何誘っても断られないやつがいるのに」
「それって私のこと?」
「さぁ、どうでしょ」
にこりと笑うと彼は、立ち上がって、私に手を差し出した。
「そろそろ帰ろうか」
「送ってくれるの?」
「当たり前だろ」
私も彼の手を取り、立ち上がる。
彼の背に瞬く星を見て、そういえば、私達は、星を見に来たのだったと思った。