03.作戦会議
あの後、案の定りこの風邪は長引き、彼女が登校してきたのは、三日後だった。
「今日が終われば、明日は、もうお休みだなんて最高じゃない!? 今日のモチベ高すぎる!」
「熱でワンチャン、逆に頭良くなったりしないかなって思ったけど、そんな奇跡は起きなかったみたいだね。可哀想に」
「まぁまぁ、奇跡なんて不確かなものに頼るより、努力した方が確実だよ」
「そうだね。補習をちゃんと受ける気概があるなんて、りこは立派だよ」
「……ちょっと待って、補習!? 聞いてないって!」
「強制ではないみたいだけど、休んでたんだから受けといた方がいいんじゃない? りこは、努力好きみたいだしね」
「努力にアイラブユーを送ったことはない! やだ、せめて、星奈との勉強会ぐらいにして!」
「私を巻き込むなよ」
「……だめ?」
甘えるでもなく、軽い感じでもなく、私の方を見ずに彼女は、言った。
私には、断る権利があるし、断ったからって、彼女にとっては、何の不利益もない。彼女が一声かければ、何人でも集まるだろう。
私でなければいけない理由なんて、どこを探しても見当たらないのだ。
その事実がそこに在る。
うるさいほどの蝉時雨が耳に響く廊下。触れられないそれに、懲りず私は手を伸ばすのだった。
***
真っ白なノート、閉じたままの問題集、ただ平等に過ぎていく時間。
結局、私とりこの勉強会は、いつの間にかお星様を落とす作戦会議へとすり替わっていた。
「あの、私、勉強会って聞いてきたんですけど」
「大丈夫ですよー。今日ここに来たからには、あなたは絶対に幸せになれます」
「怪しいセミナーやめてね」
「いや、だってさ、正直弾切れなんだよ、もう」
「弾切れ早すぎでしょ。切れるほど打ってないし、一発にかけすぎだろ」
「星奈ちゃんは、キレッキレだね!」
「やかましいわ」
「てか、一つも案だしてないのに文句言わないでくださります!?」
「そもそも、私は、落としたいとか思ってないし」
「ここまで来て裏切るんだ! 酷い!」
「いや、どう見ても最初から乗り気じゃなかったでしょ」
「騙された!」
「騙してない。ほら、それより勉強始めるよ」
えぇー、なんて言いながらも渋々彼女は、問題集を開く。意外にも彼女は、案外飲み込みが早く、真面目にやれば、きっと私より高い順位もとれるだろう。それなのに、いつも適当なのだ。
良くも悪くもない、適当。
彼女が本気で何かに取り組むところを見たことがない。だからと言って、けだるげにしているわけでもないのだ。体育祭だとか文化祭、イベント毎に、はりきって盛り上げて、楽しそうにしている。
彼女は、本気でやっている振りが誰よりも上手だ。唯一、本気で楽しそうにやっていたピアノは、大きなコンクールで入賞して、注目を浴び始めた途端、ぱたりとやめてしまった。
彼女には、まるで先の未来がないかのように、どうでもいいと投げ出してしまうのだ。
私は、彼女のそんなところが嫌いだ。
そして、私の存在がその考えを変えるきっかけになれていないことも、嫌だった。
「ねぇ、りこ」
「うん? どした?」
「どうして、真面目に勉強しないの?」
「……あのですね、星奈さん。確かに、世間一般的には、学生の本分は勉強といいますがね、私、個人としては、青春を謳歌することだと思うんですよ」
「体育祭とか、文化祭も適当にやってるよね」
「いやいやいや、まぁ、ふざけるときもあるけど、結構真面目にやってますよ?」
「ピアノだって、あんなに上手だったのに、やめちゃったし。私、りこのピアノ、結構好きだったんだよ?」
彼女の目をじっと見つめる。すると、おもむろに口を開き、何かを言いかけてやめた。そして、立ち上がったかと思うとそのまま部屋を出て行ってしまった。
もしかして、怒らせてしまったのだろうか。けれど、彼女の表情は、怒りというより悲しみに近いものだった。追いかけるべきか逡巡するも、鍵を持っていないので、家を空けるわけにもいかず、その場に居直る。
私は、家主の不在に所在無さを感じながらも改めて辺りを見回す。質素で無機質なこの空間は、彼女の本質を表しているようだった。
必要最低限の物しか置かれていない部屋は、孤独を感じるには十分な広さで、静寂の中で鳴る時計の音を聞いていると寂しさが私の心をじわじわと侵食していく。
この部屋で明かす夜は、きっと永遠にも感じるだろう。
少しして、帰ってきた彼女の手には、アイスが握られていた。若干お高めのカップアイスとスプーンが私の目の前に置かれる。
「はい、星奈の好きなやつ。スタバじゃないけど、これで許してよ」
――許すって何を?
その言葉を無理矢理嚥下する。けれど、目の前の好物によって、さっきまでの不安や焦燥は、おいやられてしまう。
私の好きなやつ、覚えててくれたんだ。
そのことが純粋に嬉しかった。分かっている。それで誤魔化そうとしていることだって。けれど、結局私は、それ以上聞けなくなる。
りこは、世界一私の扱いが上手いのだ。
***
「あぁ〜糖分補給最高! 頭ぎゅいんぎゅいんだわ! 回りすぎて遠心力で飛んでいきそう。世界目指せる」
「きしょ」
「シンプル悪口泣いちゃう」
「ほら、どうせすぐ止まるんだから、ちゃっちゃと勉強するよ」
「ふっふっふ、聞いて驚け! りこちゃん閃いちゃったんだよね!」
「へぇ、こりゃ驚いた。りこのバカを治す方法がまだ、この世に存在していたなんて」
「まだ、何も言ってないし、全然違うっ! お星様を落とす方法だよ!」
「はいはい、聞くだけ聞いてやろうじゃないの」
「本当は気になって仕方がないのね、うんうん、ここは私が大人になってあげるよ」
「あと五秒で始めなきゃ聞くのやめまーす。はい、五〜」
私がカウントダウンを始めると彼女は、慌てて話し出す。
「待って待って! 話す話す! ごほん、ときに星奈くん、君は星の恵み物について知っておるかね」
「はーい。月に一回、いずれかの日に決まった場所に現れる妙薬や珍味が入った真っ黒な箱のことでーす」
「そう、大正解。そして、その箱が現れる瞬間に人影を目撃したという話がある」
「いや、それって都市伝説でしょ? もし、本当にそうならとっくの昔に調べられてるんじゃないの?」
「きっと、政府が隠してるんだ! これは、陰謀だ!」
「途端に雲行きが怪しくなってきた」
「まぁ、それは置いといて……その人影を捉えることができれば、何かわかるんじゃないのって話ですよ!」
「でも、箱が現れる日時は分かってないよね」
「……場所は分かってる!」
「日時はって聞いてんの! おい、目をそらすな!」
「大丈夫だって! きっと、なんとかなるって、2人で最強じゃん!」
「漫画の主人公みたいなこと言ってんなよ。それで、日時の目処は後で立てるとして、作戦の詳細は?」
「詳細はないけど、勝算はある!」
「上手いこと言ったみたいな顔しないでもらっていいですか」
彼女の見切り発車は、今に始まったことでは無い。いつもこうやって彼女は上手に私を巻き込むのだ。
「はぁ、思いつきで行動すんなって、何回言ってるんだか。いっそ墨でいれてやろうか?」
「星奈ラブって?」
私の冷ややかな視線に、りこは、いつものようにごめんって、と返す。
「でも、三人寄れば文殊の知恵って言うじゃん?」
「あと一人誰だよ」
「ははっ、こりゃうっかり」
「いや、確かに三人かもね」
私は、彼女の机にある写真立てを見てそう言った。
***
次の日の放課後、私達は図書館に訪れていた。
「なんかさ、統計を調べて、予想を立てるって、なんか、めちゃくちゃ、すげぇって感じ」
「語彙力終わってない? まぁ、お星様に統計とか当てはまんのか分からないけど……手当り次第やるよりかは良いでしょ」
そう言うと私達は、さっそく手分けして、お星様の恵み物に関して書いてありそうな本を片っ端から集めていく。そして、二十冊ほど集まったところで、並んで腰を下ろし、本を開いた。
「一旦、中身確認しよ。で、大事そうなことは、メモしておいて」
「かしこまり!」
こうして、私とりこは、二人で黙々と作業をしていく。けれど、読んでいて分かったことは、やはりお星様についての詳細な文献は、少ないということだった。
載っていたとしても不確かなものであり、ものによっては全く違うことを言っていたり、推測にすぎないというものが多かった。
それでも、1番の目的であった過去に恵み物が降りてきた日付は、ある程度集めることができた。時間については、詳しい時間帯は、書いていなかったが恐らく夜中であろう事がうかがい知れた。
隣で同じように文字を追っている彼女に問いかける。
「りこ、日付の共通点は、まだ分からないけど、時間帯は恐らく夜中。どうする?」
「え? どうするって何を?」
「いや、だって、見張るにしても夜中じゃ無理じゃん?」
「無理って何が?」
「は? あのねぇ、夜は普通の人間にとって睡眠とる時間なんですよね」
「なるほど、夜更かししてゲームをする時間じゃないと」
「うっ、うるさいなぁ! とにかく、そんな時間に家抜け出して、見張り行くとか無理だから!」
「それは、星奈の家は、だよね?」
「うん、そうだけど。流石にあんた一人で行かせるのは……」
「違う違う。うちに泊まればいいじゃん」
「あ」
その後、二人でまとめた日付の共通点を調べると、満月の日が多いことが分かった。
こうして、次の満月の日に、りこの家に泊まる予定を立ててその日は解散することとなった。