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02.作戦1


日曜日の昼下がり、私とりこは、山を登っていた。


「暑い、暑すぎる〜! もしかして、私って、もう、一度死んだのでは!? そして、ここは釜茹で地獄なのでは!? えーん、りこちゃん一日一善をモットーに生きてきたのに、そんなのってないよ〜!」


「うるっさい! ちょっとは黙れないの? 喋り続けないと死ぬんか。お前は、配信者なんか?」

「私が配信を始めたら、一人目の登録者は、星奈、君だね」

「お前を私の人生からブロックしていいか?」

「やだやだ! 一生相互フォローでいよ!」


相手にするのも疲れてきて、私は無言で歩を進める。


「ちょっと! ミュートしないでよ〜!」


二人で銃を買った後、あの日の約束通り、私達は、山に来ていた。夏真っ盛りというわけでもないのに、気温は高く、額に汗が滲む。既に私は、来たことを後悔していた。


この無理をしているわけでもないのに、じわじわと体力を削られていく感じが苦手だ。りこはというと、最初と変わらないペースでギャーギャーと文句を垂れている。


何でだよ。マジで配信者になれよ。体つきだって私とそう変わらないし、むしろ華奢な方なのに、何処にその体力を隠し持っているのだろう。

私の妬ましさのこもった視線に気付いた彼女は、ぎょっとした顔をする。


「え! まさか、私に星奈を背負えと!? 星奈の人生は背負ってもいいけど、流石に星奈本人を背負うのは、りこちゃんには無理だよ〜!」

「言ってないし、誰がお前に人生預けるか」


「じゃあさ、星奈は、りこの人生、要らない?」


さっきまでとは、打って変わって、真剣な声色で彼女は言った。


何でこいつは、「あげる」じゃなくて、「要らない?」と言うのだろう。


りこの癖に寂しそうな顔で言うなバカ。


「頼んだって貰ってやらない。絶対に」

「……そっか。残念」


私の答えに彼女は、落ち込むでも怒るでもなく、さっさと歩き始めた。


彼女は、いつも肝心な選択は、私に委ねる。散々私を振り回して、連れ回してるのに、その手を握ってるのは、私なのだ。

離さないでね、なんて言いながら、彼女の手は簡単に振りほどけることを私は知っている。


「ほら、星奈、手」


先を歩いている彼女が少し段差のキツい道上から手を差し伸べる。


私は、力強く、その手を取った。


***


暫く歩くと漸く頂上が見えてきた。そこそこの高さの山でもこんなにしんどいのに、富士山だとかエベレストだとかを登る人の気が知れない。


ここまでの道のりですっかり重くなってしまった足を無理やり持ち上げながら、そんなことを思っていると相変わらず、ラジオのように鳴り続けていた声がピタリと止まった。


どうしたのかと様子を見に彼女の隣へと行くと、下には澄んだ街並みが広がっていた。


ありきたりな言葉だが、綺麗だと思った。


さっきは、登る人の気が知れないだとか言ってしまったが、前言撤回だ。これは、登りたくなるのもわかる。この景色を見るためだけに登ってもいいと思える。それだけの価値がそこには、あった。


「星奈! こっち向いて!」


声の方を振り返れば、瞬間、シャッター音が鳴る。


「ちょっと、写真撮るなら言ってよ」

「いやいや、こういう不意の写真が乙なのですよ。若者には分からんか」

「すぐに写真ってなる、その思考こそ若者ですけど」

「偏見は良くないな〜」


「りこ」


「ん?」

彼女が顔を上げた瞬間、シャッターを切る。


「ははっ、可愛い」

「ちょっと! 人に言っておいて自分だって不意打ちじゃん!」


珍しく少し照れた様子のりこに、私は、いっそ気分がよくなるのだった。


***


「なんかさ〜、遠いわ」


それらしく銃を構え、スコープを覗きながら彼女は、言った。


「当たり前でしょ。ちょっと山登ったくらいで近づけると思ってるのがバカ」

「いや〜、こんなに遠いとはね。私もちょっと予想外だったわ」

「そもそもエアガンで撃ち落とそうなんて、お祭りの景品かよ」

「あ、じゃあ、星奈ちゃんを撃ち抜けば、私のものになるってこと?」

「……てか、今年の夏祭りも一緒に行くの?」

「めっちゃ話逸らすじゃん! まぁ、そりゃ勿論ですとも、逆に誰と行くのって話!」


こんなふうに、りこは言うけれど、彼女は引く手数多(あまた)なのだ。私とは違う。


彼女の言葉に私が押し黙ると私の胸の内を知ってか知らずか、彼女は、続ける。


「言っておくけど、あの子達は、彼氏または、好きぴと行くって言うからね」

「りこは、好きな人いないの?」


「今、目の前にいる人っ!」


そう言って、りこが抱きついてきて、そのまま草の上へと二人して倒れ込む。


「もう、危ないじゃん」

「ごめんごめん」


私達は、本来の目的が達成出来なかったというのに、何故か不思議と損をしたとは思わなかった。彼女と歩くのは、なんだかんだ楽しかったし、眺めも良くて、心地良い疲れを感じていた。


「きっと、こういうのを青春っていうのね……とか、思ってるんでしょ! 星奈ちゃん!」

「はぁ〜、お前がいなきゃ最高だなとは、思ってる」

「酷いよ〜、りこが機会提供してあげた経験だっていうのに。パーティーにいなきゃ経験値入らないんだよ〜?」

「はいはい。ありがとうございます。あ、そういえば、ライフルのお金は?」

「知ってる? 勇者一行は、共有財産なんだよ」

「魔王討伐失敗してるくせに」

「これもまた、一歩なんだよね。スナイパーライフルでは、倒せないっていう知見を得たから。失敗は、成功のもとってやつ」

「試さなくても明らかにわかることをやって、無駄遣いしただけだよね? 骨折り損のくたびれ儲けって知ってる?」

「ちょっと! 何もそこまで言わなくてもいいじゃん! 何事も試してみなきゃ分からないでしょ? ゼロと一は、全く違うからね! 飛行機だって、元々は机上の空論だったでしょうが!」

「はいはい、そうですね」


いつもいつも、りこのやることは、バカだなと思う。毎回、突拍子もないことを言い出して、付き合わせされるこっちの身にもなって欲しい。


だいたいのことは、やっぱりねってなることが多い。けれど、案外悪くないじゃんってなるときだってあったりする。

私には、りこと一緒に居なければ、やっていないであろうことが、もう既に数え切れないくらいある。


りこは、世界を色づかせる天才だ。


***


月曜日、りこは学校に来なかった。


「てっきり、バカは風邪を引かないもんだと思ってたわ」

「なるほどなるほど。図らずとも私がバカでないことが証明されてしまったってわけね」

「この間の試験何位だった?」

「はぁ……、あんな紙切れ一枚で、りこちゃんの何がわかるっていうの……」

「学力」

「学力より大事なものがこの世には山ほどある! そうは思いませんか!?」

りこがガバッと勢いよくベッドから起き上がる。


「わかったから、大人しく寝てろ。風邪引いてもその口は塞がらないわけね。もしかして喋るのやめたら本当に死ぬのか……?」

「まずい! 『お喋りな口だな……』とか言って、星奈ちゃんに塞がれちゃうよ!」

「はいはい。お喋りなお口は塞ぎましょうね〜」


私は、スプーンですくったゼリーを彼女の口へと突っ込む。


「んっ、美味しい」

「それならなにより。どうせ、あんたのことだから、ろくに食べてないでしょ。後でお粥作っておくから食べなよ」

「いやいや、流石にそれはいいって。大丈夫だから」

困ったように彼女は、眉を下げて笑う。


ほら、またそうやって、急に線を引く。


りこは、目の前に居るというのに、私の手は空を切るのだ。こんなに近くに居るのに、届かない。

差し出した手を握り返しては、貰えないのだ。


「いや、作っておく。だから、今度スタバ奢ってね」

「くっ、私が動けないのを良いことに……、なんて狡猾なんだ! こんな悪逆非道な行いを許してはいけない!」

「奢ってって言っただけで、ここまで言われるか。てか、私は、薬やらスポドリやら必要そうなものを一式買ってきたんだぞ。むしろ感謝しろや」

「まぁ……今回は、特別に許しましょう。りこが寛大な心を持った天使さんで良かったね!」

「弱ってるうちに仕留めとこうかな」

「嘘じゃん! ごめんって、ありったけの感謝!」

「とにかく、早く風邪治しなよ。一日でも早く授業に戻らないと、もっとバカになるよ」

「ははっ、わかってる。すぐ元気になって戻るから。ありがとう」


ムカつく。


こういうときには、「私が居ないと星奈ちゃんが寂しがるからね」だとか、お得意の軽口を叩かない。

私が寂しがっているって分かってるいるから。


うん、って返したいのに、素直に寂しいって言えないのに、それを知っているのに、知っているから、言わないのだ。どこが天使なんだ。

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