第87話 はっ
一つのテント、一つのベッドに二人きりで残されたオレたち。
気まずいと言うか照れくさいと言うか、少しだけ座ったまま顔も合わせない時間が経過して。
しかしそれでも。
これじゃダメだなと思ったオレはゆっくりと手を動かし石見の手に触れた。指先が触れただけでビクリと揺れる石見の全身。重なる手。握りしめるオレと握り返してくれる石見。
ゆっくり顔を近づけると石見はまず目を動かしてオレを見て、その瞼を落とした。
重なる唇。
そのまま固まってしまって、
「はっ」
石見が大きく息をした。緊張のせいか慣れていないせいか呼吸を止めていたらしい。
それが妙に可愛くて、もう一度見たくなって、もう一度キスをする。もう一度、もう一度。
次第にこれだけではなくなって、気付けば押し倒していて。
服を脱ぎ、脱がせる。
ああ、なんて……綺麗な肌。
視線も体も吸い寄せられる。
抱き締めあい、溶け合う。
他人の誰にも触れさせたくない。
オレだけが良い。
独占したい。
ずっと、ずっと。
人の体に許されている行為は限定的だ。出来る事は限られている。
でも。
それだけでも頭がボーとしてくる。なにも考えられなくなってくる。
ただただ求め合い、愛し合う。
考える必要なんてなかった。
きっとこの瞬間、本能だけで動いていたから。
今までは必要なかった行為がなによりも必要だった。
石見と言う存在が――必要だった。
そうして時間は過ぎていき。
「はぁ!」
まるで水中から出たかのように息を一気に吐き出して石見は体を揺らした。
「はぁ……はぁ」
そんな彼女の横にオレは整わない呼吸そのままに体を投げ出す。
胸を呼吸で揺らす石見がこちらを見てくる。
その目には涙が溜まっていて、横を向いた時に一粒落ちた。
そんな石見の頭の下にオレは腕を通して、抱きしめる。
肌を打つ心臓の動きが伝わってくる。きっと石見にはオレの心臓の動きが伝わっているのだろう。
オレたちはどちらも喋る事なく目を閉じて、静かに眠りに落ちた。




