第08話 あの子は糸掛を待っている
「この階段は元から?」
古栞が子供に出逢ったと言う地下、そこに至るまでの木造りの階段を降りながら、オレ。
「いえいえ、こちらの生徒会長さんが魔法で」
「木を操るのは得意でね。幸いここは森の中、根があちこちにあったから組み上げるのは容易かった」
「良い仕事するね」
オレの言葉にまた初君の頬が朱くなった。結構可愛いなこの子。いや惚れたりはしないけどね?
「ここ曲がったら見えてくるでぇ」
「うん」
その角を左に曲がって、
「わぁ」
思わず石見が声を漏らした。オレもまた目を瞠る。
「……すごいね糸掛」
白亜の石材になった大樹が支える天井、湖の如く溜まった透明な水、ところどころに見える大地は海岸にあるような砂。
なんと言うか……魅入る程に幻想的。異界に紛れ込んだようだ。
「つい最近まで海であったようなのです。恐らくワールド・ダウングレードの影響で木が異常発達したモノと思われます」
「ですか。
石見」
「う~ん、気配はもう残ってないっぽい――」
『こんにちは』
「「「――⁉」」」
突然の声。突然の視線。突然の気配。
一瞬身構えたものの捕食者特有の気配ではなくて、寧ろどこか安らぎに満ちてさえいて。
「ここの……妖精かな?」
『みんな』
森が騒めき、姿を見せる妖精たち。
小人を想像して欲しい。ただ服は着ていなくて、お腹がちょっぴり出ていて、全体的に淡い緑色に発光する小人。
無表情だが怖くはない。全身から放たれる魔力は母性にとても似ている。
「古栞」
「逢った覚えないで。お初にお目にかかりますってやつや」
『キミを、待ってた。糸掛』
「……え?」
オレ? オレ特にこれと言った特色ないんですが?
「オレに、なんの用?」
『最初の子を助けてあげて』
「……うん?」
首を捻った。
最初の子? とはなんだ?
『篝火を落とした、女の子』
「――篝火」
それには覚えがある。“チャーミング”と呼ばれるグリムを伴って現れた少女だ。
全ての原因となった少女。
全ての元凶となった少女。
その子が持っていた篝火。世界を焼いた篝火。
『きっと、あの子に声が届くのは糸掛だけ』
「なぜ?」
『思い出して。あの子は糸掛を待っている』
思い出す? オレがなにか忘れていると?
「糸掛に出来るの?」
過去に頭を割いていたら石見がこんな事を。
オレとは違い前を見ている。すでにやろうとしている。
こうでなきゃいけないんだよな、オレも。
『人も、グリムも、みんな他人を想ってる。想いが繋がって、巡ってる。
巡っているからきっと出逢える。
あの子を、お願い』
「……出来る限りはやって見せるよ」
『うん』
あっさり心に灯が燈った。石見がその気になっている。それだけでオレがやる気を出すのには充分だった。
単純だって? そうだよオレは単純さ。
「お任せ」
オレは単純、には違いないだろう。
猿もおだてりゃ木に昇る。褒められれば嬉しいし怒られれば凹みもする。
とは言ったものの気持ちだけで動いているかと言われたら実はそうではないのだ。
オレたちはこの一年定住する家を持たない野良をやっている。
その理由はただ世界を視て回るのに都合が良いから。
人を成長させるにはなによりも『知識』が必要だ。
言葉を識る。
生活を識る。
食事を識る。
文化を識る。
感情を識る。
医術を識る。
階級を識る。
自然を識る。
政治を識る。
祭事を識る。
結婚を識る。
葬式を識る。
そうして教わった生き方に独自の捻りを加え人として成長していくのである。
成長していく――はずだった。
けれどオレには魔法士になった石見と一緒にいる最低限の条件、魔法の才能がなかった。
なかったのだ。
準魔法士になる才能さえも。
だからオレは、石見の魔法によって強制的に準魔法士に格上げされた。
石見自身の寂しさもあっただろう。
一人で先に進む恐怖と言う寂しさが。
けどそれ以上にオレが情けのない表情をしていたのだと思う。
そんな二人の想いが繋がって禁忌とされている魔法に手を出した。才能のない人間に魔力を根づかせる、これは最悪、対象の人物を死なせてしまう可能性がある為に禁忌とされた。
禁忌を犯せば罰せられる。
この秘密は二人、絶対に墓場まで持っていかなければいけない。
そんな覚悟をしてでも、
オレにはグリムを追う理由がある――
のだ。まだ秘密だが。
だが、オレは石見に救われた。
けど一度味わった寂しさを覚えている。
最初の女の子とやらとは違う寂しさだろうけれどその寂しさが想像出来てしまう。
だからもし最初の女の子とやらを救う事が出来るのならオレはその手助けをしてやりたいと思う。
今、横にいる石見と一緒に。
「あの、うちの呪いは……?」
「そっちはおいおい考えると言う事で」
「え~……」
そう言った瞬間、周囲に敵意が満ちた。
「なに⁉」
それはかけだし準魔法士の古栞にも解るくらいに強力で。
「生徒会長さんと副生徒会長さんはワシの後ろへ!」
「校長、悪いが魔力はアタシの方が上だ」
「それはどうでも良いのです! 大人は子供を護るモノですからね!」
オオ、やる時はやる大人だ、校長。尊敬します。
「石見、オレの後ろへ。けどいつでも魔法を放てるように」
「うん」
妖精たちはすでに姿を消している。
妖精は希少な存在。なんと狩りの対象となったりもするから逃げてOK。ではなぜ狩られるのか? 鑑賞用もあるだろう。愛撫用もあるだろう。しかし大半は違う。妖精のような存在は魔法石を超える魔法の『材料』としても機能するからだ。稀有極まる妖精たちを材料にすればどんな魔法が出来上がるのか想像も出来ない。それ以前にオレたちからしたら魔法生命体とはいえ命である妖精を材料にするなんて許せない行為だ。だから、逃げてくれてOK。
「……攻撃してきませんな」
「いえ、もうされています」




