第79話 出るのか?
気を取り直して歩を進める。
人の波をかき分けてまずは路面電車に。どこまで乗っても料金変わらずの百五十エール。安い。利用者が多いからこその値段設定だろう。
この区画から発車する路面電車もフラワーフェスティバル仕様――かと思ったのだが、車両内に飾られているいくつかの写真を見るに普段から蔦が絡まり、花を咲かせているようだった。
人が多いので残念ながら座る事叶わず。つり革を持って、念の為に石見の後ろに。ほら、痴漢にあったりするとまずいから。
「ありがと」
「いえいえ」
乗客のほとんどがオレと石見を見てくる。正確に言うと頭に乗っている精霊の二人を。まあ珍しいもんね。
ずっと注目されながら乗り続けて――なんとなく神経がすり減った気がした――ドーム前に到着。
降りても凄い人波だ。
「ここに用があるって、二人の目的はこれかい?」
「これです」
「これだな」
鮮やかに白から青へとグラデーションするドームではあるイベントが開かれていた。勿論フラワーフェスティバルである。
であるのだが、どうやら古今東西の花々に彩られたステージでライブが開催されているようだ。音楽ライブ、が。
しかも何組かが出演する中で大注目されているバンドが一つ。
「え? 出るのか?」
カノも驚いている。
「今日当日までシークレットでしたの」
「知ったからには観ないとな。他の精霊たちも来てるぜ」
あ、本当だ。
周囲を見ると精霊がちらほらと。
他種族にまで注目されるとは……無理もないか。
バンドの名は綵、ボーカルは星綴澪だしな。
『ドーン・エリア』だけではなくアメリカで活躍するバンドで世界に名を轟かせるビッグバンド。オレだって知っているし、妹の心樋の耳にも届いているようだ。目が輝いていらっしゃる。
となると早く当日券買わないと。あるかなまだ?
「大丈夫ですよ。フェスティバル中は出入り自由ですから。ただ前の方で観ようとするなら早めに入った方が良いでしょうね」
「まだ出てないみたいだけど次かも知んない。
急ごうぜ」
「はいよ」
一階席と二階席と三階席があるな。せっかくだから一階席を狙ってみようか。
オレは石見と心樋とはぐれないように手を繋いで人でごった返すドームへと突入する。既に何組かのアーティストが歌い終えている影響もあって熱気はむんむん。現在歌っているソロアーティストへの盛り上がりも元気いっぱい。手を振る人ジャンプする人一緒に歌う人。
それぞれでアーティストへの声援を送っている。
オレたちは歌い手とファンが交代する隙を縫って出来得る限り前へと進行。それでも真ん中あたりまでしか進めなかった。
そして登壇したのは――綵だ。
歓声がひと際強くなる。あ、気絶した人いる。
綵はボーカルとギターとドラムのスリーピース。
ギターは人の女性。ドラムは人の男性。ボーカルはなんと、最先端AIロボットだったりする。
パッと見は白からピンクへのグラデーションヘアーを持つ若い人の女性に見えるが背にはホログラムの蝶のそれに似た羽が。
瞳の色は髪色と同じ。
そんな星綴澪の開発コンセプトは『人間と蝶のハーフ』。
本来交わらない血が交わったと言う仮定で生み出されたボーカルである。
星綴澪が登場した三年前、忌避する人たちも現れファンとの間でちょっとしたケンカになった。しかし。実力でねじ伏せられた。
演奏が始まった。
蝶に似た羽を持つから似た羽を持つ精霊にも注目されているのだが、それ以上に歌声が魅力的なのだ。
一瞬で誰をも惚れさせる歌声。
それを際立たせる楽曲。
ボーカルに負けず劣らずのギターとドラム。
スリーピースが共鳴し合い、ここに観客の声援も加わって爆音なのに耳を壊さない音の波。
自然、オレたちのテンションも最高にまで上がる。ルゥリィとハィルベも頭の上で飛び跳ねる。
ノらずにはいられない。
まるで魅了の魔法でも使っているかのような恍惚感に襲われ浸ってしまう。
彼ら彼女らを追ってバンドを始める人たちも多いと訊く。凄まじいまでの影響力だ。いっそずるいと表現しても良い。
これが綵。これが星綴澪か。
とんでもないレベルの人たちがいるんだな。
分野は違うが、オレもいつかこのレベルにまで!