第50話 母親を凌辱された気分だ
ニューヨーク。そこには街の、いやアメリカのシンボルと言っても過言ではない像が立っている。
言わずと知れた自由の女神像である。
正式な名称は世界を照らす自由だったか?
アメリカ独立百周年を記念しフランスの募金によって贈呈されたアメリカの自由と民主主義の象徴。右手にはトーチ、左手に銘板。足元には引きちぎられた鎖と足枷。女神がかぶる冠には七つの大陸と七つの海に広がる自由を意味する突起が七つあったり。
台座を含めるとトーチまで九十三メートルと言う巨大な像だ。
アメリカ人だけではなく日本人にだって良く知られた女神さま。と言うか知らない方が珍しいだろうか。
「ほんっとに! 心の象徴だったのにな!」
「解る! 解るぞカノ!」
オレの運転する四輪駆動車に全員が(無理やり)乗り込んで、意気投合しちゃってるカノとジャイル。どうやら憤る部分は一緒らしい。
ではなにに憤っているのかと言うと?
「母親を凌辱された気分だ」
っち、と舌を打つジャイル。
「かつての女神が今、悪魔。ですか」
怒る姉を宥めながら、フォゼ。
「マインは変化した瞬間を見たわけじゃないが」
「こちらは見た、わ。
ワールド・ダウングレードの際、女神の中から悪魔が出てくるのを、ね」
そう、憤る理由はこれ。
アメリカのシンボル自由の女神像があったのはもう昔の話。
世界が変化した時に像も変化し、中から緑色の悪魔が現れたのだ。当然女神像の方は崩れ、オレもそれを記録した映像を何度も目にした。
「まるで自由が過ぎると悪魔が生まれる、みたいじゃねえか」
おお? 感情昂ったジャイルがベソをかいている。薄っすらと溜まる涙はともかく鼻水は車内に落とすなよ?
しかし自由から生まれる悪魔か……。
「なんかこないだの人みたいだね」
と言うのは石見の膝に腰かけている心樋。心樋の膝の上には更にチャーミングが乗っていたりする。
「ノクスの事?」
「うん、石見さん」
ノクス。あらゆる獣の遺伝子を覚醒させた男。結果得た姿は確かに悪魔に似ていた。
が。
本当の悪魔は彼を怒りに落としたギフト・イヴェントじゃないだろうか? とも思う。
けれどギフト・イヴェントも最初から悪魔だったのではなく、今も悪魔をやっているとは限らない。
う~ん、確かに自由人の中から悪魔が生まれているか。とすると自由の女神像から悪魔が生まれたのも間違った描写ではない。
「儂は許さねえぞ! 絶対に女神を取り戻して見せる!」
車を停める。その女神像が見える場所の一つに。海の手前に。
「ここから先は?」
「船、よ」
「船か。んじゃ石見、頼むよ」
「うん。
隠れろ」
石見の魔法によって消えて行く。オレたちの乗ってきた四輪駆動車が。
彼女が作り出した亜空間に収納されたのだ。
大事な車だからね。思い出あるし、高かったし。
船に移るにあたって銃の方も亜空間に収納してもらった。
「いつもサンキュ」
「いえいえ」
「便利なモノ、ね。
さ、船はこっちよ」




