第47話 『ワールド・ダウングレード』から一年と三カ月か
「『ワールド・ダウングレード』から一年と三カ月か」
自慢の四輪駆動車を走らせながら、オレはポツリと呟いた。
ワールド・ダウングレード――グリムの世界【メルヒェン・ヴェルト】の太陽・篝火を包む檻がこちらの世界に適応出来ずに壊れ、篝火が世界を焼いた日。世界に浸透した日。篝火の元に存在する【メルヒェン・ヴェルト】が世界と融合した日。
または、人形『グリム』が現れた日。
魔法が世に放たれた日。
篝火は子供たちを照らす光だ。
本を読み子供たちは考える。
『あのキャラクターはどんなに幸せだっただろう?』
『どうして死ななきゃいけなかったんだろう?』
考え、想いをはせる子供たちを照らす光。なくなれば子供たちの想いは閉ざされる。
照らされて出来る影がグリム。子供たちの願いの影としてグリムが生み落とされるのだ。
願いを主食に幸せだったと言うグリム。
なのに人は、グリムから光を奪った。
堕ちてきた天使に気づいた大人たちが彼女を捕え、子供を犠牲に天使の住んでいた世界への『穴』を開いた。百を超える子供を犠牲にして。
その理由は長命&痛めつけ続けたせいでボロボロになった世界の綻びを篝火で埋める為。
「黄昏てるとこあれだがよお、グリムが迫ってんぞスピード上げろって」
「もう時速百キロなんだけど? 無理」
カノの無茶な要求にオレは負けない挫けない。
「百二十くらいいけよビビんな」
「そもそもカノたちがグリムをサクッと片づけてくれれば運転しているオレが時速百でドリフトかましまくる事もないんだけど?」
それも街中でだ。
いくらアメリカの道路がやたらと広いとは言え、十字路でグリムの攻撃を運転テクニックでかわし続けるのは限度があるんだ。
しかも道路、ワールド・ダウングレードの影響でポップでロックなアートで埋め尽くされているし。アートに合わせて凸凹しているし。
そんな道路で車を横転させずにグリムの攻撃をかわし続けるオレって凄くない?
「良っし完成」
「シエルへの手紙かい、心樋?」
「うん、兄さん」
我が実妹・心樋にはゾッコン(死語)なお相手がいたりする。
機械を纏い、機械の剣を振るう聖騎士の団『人赦聖騎士団』の聖騎士王である。魔法具を介しても魔法を使えぬ人間が機械で魔法を再現する世界的な財団の頂点。びっくりだね。将来義理の弟になるかも知れない人物がオレより偉い。困るわ。
「良っし紙飛行機完成」
荒れ狂う車の中、器用に紙に手紙を書いていた心樋。その手紙を紙飛行機に折って、
「石見さん、お願い出来る?」
「オケおっけー。火よ!」
グリムに向けて火を放つ石見にそれを渡す。
石見はグリムの残骸、魔法石を行使し魔法を使用する魔法士だ。
だから。
「届け」
優しく飛ばす紙飛行機に魔法を一つ。これで紙飛行機はシエルの元へと飛んで往く。
腕輪型デジタルガジェット『縁』があるにも関わらずどうして紙の手紙なのか? と以前訊いた事がある。「気持ちがこもるからです」ってのが心樋の返答。そう……かな?
「よっしゃあ十体ぶっ飛ばした! これでマインの方が上行ったぜフォゼ!」
「姉さん、おれそもそも競争してな――」
「ダリい事言うなお前を撃つぞ」
「こわっ」
京紫色の巨銃『ブリンク』をグリムに向けるカノ。
二藍色の巨銃『レディ・ポイズン』をグリムに向けるフォゼ。
永遠と速度を増していく杭に似た銃弾を撃つカノと致死性、腐食性、あらゆる毒の込められた銃弾を撃つフォゼは死臭漂う島『ロスト・パラベラム』で逢い、今日まで続く仲だ。
「糸掛、もうちょっと頑張って」
「オウ、任せろ石見」
オレの肩に触れ気力回復の魔法をかけてくれる石見。
幼馴染であり、恋人である石見。
魔法の才がなかったオレに禁忌の魔法を使用し魔法具を介して魔法石を、魔法を使う準魔法士に格上げしてくれた女性だ。
オレが誰よりも、なによりも優先して護りたい人、だ。