第46話 なにも出来ない! オレには……なにも!
ここから第二章になります。
是非、お付き合いいただければと思います。
良ければ評価してくださいね
少し昔の話をしよう。
童話が好きだった。
まだまだずっと幼い頃、園児だった頃、ベッドに寝ころんで母や父に読んでもらう童話が好きだった。
それぞれの世界に思いを馳せ、それぞれのキャラクターに心を寄せて。
楽しかった。
面白かった。
時には悲しかった。
けれど好きだったのだ。
だからオレの眼の虹彩が真紅に染まった時、様々な“未経験の記憶”が視えるようになった時、自分もファンタジーの世界に足を突っ込んだようでワクワクした。
そう、紅いのだ。
今のオレの眼が。本来黒色か茶色であるはずのオレの眼が。
歳を重ね、成長しながら色を変え、紅くなったのだ。
父さんも母さんも黒色に近い茶色だし、彼らを産んだ親――オレから見ると祖父母ね――も同じ黒色に近い茶色。
父さんの方のじいさんに訊いた話だとじいさんの親も黒色に近い茶色。
母さんの方のばあさんに訊いた話だとばあさんの親も黒色に近い茶色。
つまりオレの眼の変化は全っ然まったく遺伝じゃないわけだ。
医者からは「まあこんな風に突然違う色が家系に入ってくるパターンもあるよHAHAHA」なんて言われた。
はあ、そうっすか。
では、この紅い眼にはなにがあるのかと言われると。
「なんだよ三倍じゃねーのかよ」
ねーよ。
小学の頃、クラスの特に仲良くもないやつに「視力三倍良いのかよ?」とか言われたんだけど、そんなわけないだろ界●拳か。
「幽霊とかさ、見えないの?」
見えないよ。
中学の頃、ちょっとかわいいクラスメイトの女の子にそう言われて、応えるとションボリされた。……いや、なんか……期待に応えられなくてごめん。
「呪われておる!」
怖いよ。
街角で占いの館やってるおばあちゃんがいたから三千円払って視てもらったんだけど――高いな三千円――どうやらオレは呪われているらしい。
や~信じてないよオレは? この眼のせいで運が悪いとか家族を不幸にしたとかそう言う経験もないし。
「う~ん、神の加護……ではないねぇ」
おや、否定された。
近所の神社にいる人とちょっと遠くにある教会にいる人に同じ事を言われた。てっきり「加護です」言われるもんだと思ってた。んでずぶずぶと怪しい団体に入会でもさせられるもんだと。でも思ったよりもマジメに対応された。
変なイメージ持っててごめんなさい。
「どう? 出てみない?」
遠慮します。
世にも珍しい血色の眼を持つ少年がいる――って感じで噂が広まったらしくオレのところにローカルテレビのおっさんプロデューサーがやってきたんだけど断った。見世物になる気はないから。
って言うか血色て。オレ的には真紅かルビーって言って欲しいんだけど。
「私は好きだよ」
「そう……か」
幼馴染の少女に言われて、ドギマギする。
もの凄く近くでオレの眼を覗き込んできたからだ。
ナチュラルに好きと言われたからだ。
「とっても綺麗」
この子がそう言うなら、良いかな。
ま、こんな感じでなんもない。得する事はなんもない。
いや“未経験の記憶”が視えるから特異ではあるが、それで得はないのだ。視えるだけでは生活は変わらない。
オレは眼の色以外ごくごく普通の日本人。日本本州の隅っこに住む十五歳。
体格は普通。
勉強も普通くらいの成績。
運動神経はちょっと良い方だな。速く走れるし、速く泳げるし、高く跳べる。将来こっち方面で食っていけたら良いと思う。
それだけの中学三年生、男子だ。
だったのに……なんだよこれは?
オレの紅い眼に
一人の少女が
映っていた。
真っ白いドレスを着て。
体よりも長く、透明に近い髪色で。
大きな真っ白い翼を背に持ち。
雪のような白肌で。
女性と言うより少女の体で。
頭上には真っ白い輝く輪っか。
そして、真紅の瞳を持っていた。
彼女は言う。
「ああ、あるのね、こんな運命が」
続けて言う。
「天気、日の光、風、水、土、木々、生命、造形物。
全ての配置が奇跡。
その中心にいてしまった貴方。
偶然の奇跡の中心の貴方。
【メルヒェン・ヴェルト】と繋がってしまった貴方。
ちょっとだけ、変わってしまった貴方。
うらと同じ眼になってしまった貴方。
うらと通じてしまった貴方。
うらと同じになってしまった貴方。
うらを導き、この世界に呼んでしまった貴方。
うらはこの世界に落ちてしまう。
それが素晴らしいか呪いか、まだ解らないけれど。
貴方とうらの繋がりは永遠。
楽しんでね、童話の世界を――」
天使は落ちた。いや、堕ちたと言うべきか?
輝かしき世界からこの地上に堕ちたのだ。
オレのせいか? 偶然をオレのせいだと言うならそうだろう。
しかし、それでもオレの胸は鼓動を速めた。
天使との繋がりにオレは心を弾ませたのだ。
なのに。
これより凡そ一年後、オレの家族は子供たちによって殺された。
天使と通じた、子供たちによって。
「なにも出来ない! オレには……なにも!」
目の前で父を殺され、母を殺された。
なのにオレはうずくまり、何度も床に頭をぶつけて泣くしか出来ずに。
知恵も知識も膂力も感覚も精神も、全てが役に立たずオレでは家族を守れなかった。
オレは弱い! 弱すぎる!
包丁を手に取る。取って銀の刃を首にあて一思いに斬――
「――⁉」
誰かがオレの手を引いた。
少女だ。
オレの紅い眼を好きだと言ってくれた幼馴染。
名前は石見。
警察に野次馬、誰もがみな遠巻きにオレを見やる中、同情と哀れみが渦を巻く中心にいるオレを見やる中、少女が真剣な表情でオレの手を引いている。
なにも言わず手を引いて、立たせようとする。
オレに死ぬなと?
まだ立っていろと?
オレが立っていようとなにも守れないと言うのに!
少女がオレの顔を掴む。掴んで一点に向けて動かされる。
横たわる父の遺体が見えた。
その上に覆い被さる母の遺体が見えた。
子供たちに立ち向かった父の心臓には刺突の穴。
倒れた父を守ろうとした母の心臓にも刺突の穴。
悔しくないのかと少女の涙目が言っている。
お前はなにも成さずに自死するのかと言っている。
オレは……オレは――
「う……あああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
それから数日後、世界に異変が起きた。
『ワールド・ダウングレード』だ。
そしてこの事件の後、天使は、怒りに震え悲嘆にくれるオレに銃を渡してきた。
『ギフト・バレット』――
詫びか? 自分の為か?
いずれにせよオレは天使に会いたい。
天使、貴方と通じたオレには流れてくる。
貴方の涙の温度が……。
もう死にたいと思う心が。
まだ活きていたいと思う心が。
相反する気持ちを抱えて壊れてしまいそうな心が。
オレにしてあげられる事はきっと少ないけれど、それでも。
少女がオレを立たせてくれたようになにか出来るなら。
オレは天使、貴方に会いに往こう。
貴方の為。
オレ自身が前を向いて生きて往く為に――




