第40話 う……ああああああああああああああああああああああ!
それから数日が過ぎて、親が面会に現れた。
「良いかいギフト?
気を取り乱したら面会中止になってしまうから落ち着いて話すんだよ?」
「解ってるよゼイ。ありがとう」
ゼイに対しても丁寧な受け答えが必要だ。敵を作ってはいけない。
面会室への扉が開けられ、俺は固まった。
初老の男女二人が見えた。俺の両親だ。こんなに老けていたか?
あれ?
対応出来ると思っていた。冷静に、真摯に。なのに固まった。
母親は眉根を下げていて、対極的に父親は眉根を上げていた。その二人を見て俺は固まったのだ。
なんだこれ? 申し訳ない? いや違う。恥ずかしい。凄く恥ずかしい。
「ギフト」
ゼイに背中を押されて俺は入室した。
強化プラスチックで出来た、俺と両親を隔てる壁。こちら側には監視役と記録係の男が一人椅子に座していて、向こうには案内役か監視役か解らないが筋骨隆々の男が二人背後に控えていた。
俺は両親の真正面に座る。
「……申し訳ない事をしたと自覚出来ているか?」
俺が言葉を発する前に父が口を開いた。
「……出来てるよ」
「そうか」
怒鳴っては来ないのか。その父の態度がますます俺を縛り付ける。
申し訳ない事……そうだ、してしまったんだ。解ってる……解ってるよ。
「顔を上げて、ギフト」
母に言われて俺は自分が俯いている事実に気がついた。
仮面の顔を上げて母を見る。
泣いていた。
「これ」
封筒を持ち上げる母。書類を入れる大き目なやつで、一センチメートル以上の厚みがあった。
「ギフトのブログに書き込まれた言葉、プリントアウトしてきたから、読みなさい」
母はそれを強化プラスチックの下部に開けられた隙間からこちらに通す。もう中身のチェックはすんでいるのだろう。誰も止めたりはしなかった。
ファンの言葉、か。
ん?
封筒を受け取った俺の手が震えていた。ふるふる、ふるふる。
なんだこれ? 怖い? 怖がっている?
「しっかり読んで反省しなさい」
こちらの様子に気づいているはずだが、父はそれには触れずにそう言った。
「……うん」
声が震えていた。
短い面会は終わり、俺は人形街の自分の部屋――牢に戻って封筒を開けた。内容に目を通し、読みながら尚も俺は震えていた。
棘
棘
棘
棘
棘
棘
棘
棘
棘
棘
棘
棘
棘
棘
棘
棘
棘
棘
茨
茨
茨
茨
茨
茨
茨
茨
茨
茨
茨
茨
茨
茨
茨
茨
茨
茨
毒
毒
毒
毒
毒
毒
毒
毒
毒
毒
毒
毒
毒
毒
毒
毒
毒
毒だ。
一言一言が針となって突き刺さってくる。
ファンがいるだって? そんなモノどこにもいなかった。
唯一俺に同情していたのは別の罪を犯した拝金主義者。そこそこ有名な男でこいつもTV業界から追放されて久しい。俺に優しい言葉を投げていたがもう世間は知っている。こいつのこう言う行動が自分の株を上げる為のモノだと言う事を。白い目を向けられている現実に気づいていないのはこいつ本人だけだろう。
そんなやつに俺は利用されていた。堕ちるところまで堕ちるとはこの事か。
俺はそいつの言葉が載った紙だけを破いてごみ箱に捨てた。続けて他のコメントを読む。
針が刺さって、刺さって、刺さって。
悲しくなった。謝罪の気持ちと言うより棄てられた現実に対する悲しみ。
紙の束を木机に置いて、俺は天井を見上げ……見上げ……。
「う……ああああああああああああああああああああああ!」
突然上がった俺の叫び声に、訊こえる範囲にいた連中が騒ぎ始めた。
程なくしてやってくる、ゼイ。
「ギフト⁉」
ゼイには解っただろうか?
俺は――泣いていた。涙を零さずに泣いていた。
ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい。
今すぐにでもファンに謝りたい。被害者に謝りたい。
気持ちが溢れて止まらない。
脱獄は……辞めだ。
その後、俺は二年の刑期を終えて正式に人形街を、刑務所を出る事となった。
刑務所を出て、五年。
俺はとある研究所に勤めている。
新しい次元を探すと言うアメリカ最先端の研究所。
そこでは子供たちが『材料』として使われていた。
俺は機を窺っている。
ここの研究を暴き、それを世間に公表し、必要に応じて人を殺す。それが今、俺に与えられている仕事だから。仕事と言っても世界最大級のNPOによる慈善事業の一つだからお金は降りないのだが。
ただ家を与えられる。骸牢を差別しないから俺にはちょうど良いと思った。因みに俺が犯した女とはまだ会えていない。行方不明らしい。死んでいなければ良いと、思う。本当に。
それにしてもこの研究所は異様だ。
新しい次元を探す――素晴らしい目標だ。国がお金を出している事からも力の入れ具合が理解出来る。
それでも異様なのだ。
末端である俺に詳しい事情は解らないのだが、堕ちてきた天使に気づいた大人たちが彼女を捕え、子供を犠牲に天使の住んでいた世界への『穴』を開こうとしているらしい。
その為の犠牲はすでに百を超えていて、そいつを誰も疑問に思っていない。だから異様。
そんなにしてまで得たいモノがあるのだろうか。そんなにしてまで得たい結果が見えているのだろうか。
見えている、のだろう。だからこそ盲目的に突っ走っているのだ。
そしてその日は唐突にやってくる。
日本にある研究所支部が成果を出した。
ある少女が篝火を持って帰ってきたと言う。
しかし。
世界は劇的に変貌する。
止めなければ。止めなければ!
そう思って俺はがむしゃらに機械をいじり始めた。俺を止めようとするやつは撃ち殺した。与えられている銃の名は『XM25グレネード・ランチャー』。凶器中の凶器だ。だが今はどうでも良い。
世界が――変わる。
この変貌を止めなければ。
このボタンだったか? あっちのキーだったか?
この研究所の支部がこの事態を引き起こしたのならここの研究がこの事態を止められるはずだ。
出鱈目に操作しまくって、俺は、きっと押してはいけないモノを押してしまった。
「―――――――――――――――――――――――――――――――ア!」
なにかが俺に流れ込んでくる。
これは? 喜び――か?
童話を訊かせられる子供たちの、喜び。
俺の中に流れ込んでくるそれに俺は抵抗する意思を失った。心地良かったからだ。
だから俺は身を任せてしまう。
俺は、世界に溶け込んだモノの残りかす、人形の世界【メルヒェン・ヴェルト】の残滓を全て受け止めて、グリムの王となった。
◆