第39話 お前泣きそうだ
翌日、俺は骸牢に入れられる為に警察研究所に連れてこられた。
骸牢移植――社会に対して不適合と判断された罪人の魂を骸牢と呼ばれる真っ黒な髑髏に入れ替える刑罰。
一生だ。一生。
俺は横になっているそいつを前にして額に汗をかいた。頬を伝って首に落ちていくのが気持ち悪い。
骸牢は立って移動出来るだけの最低限のバランスしか維持出来ないと訊く。いやそれよりも……、俺は骸牢の頭蓋についている真っ白な仮面に目を吸い寄せられた。
目が合っている――気がする。
早く入れ、早く入れと急かされている気がする。
こいつが俺の今後の体……こんなのが……。
骸牢に入れられれば刑務所を出ても一生そのまま。
いやだ……いやだ……いやだ……。
「う……あああああああああああああああああああああああああ!」
暴れた。俺は手錠をかけられた状態で力の限り暴れた。
はっ。俺に拒否する資格なんてあるのか?
あるさ。女一人犯しただけで一生これ? そんな重い罪じゃないだろう!
そう言葉にしたら殴られた。顎に決まって俺は力なく倒れる。
その隙に骸牢の隣に寝かされて、刑が――執行された。
ギチチ
俺は刑務所の作業場で骸牢の指を動かしてみる。
ギチチチチ
嫌な音が鳴る。他の関節もだ。この音も骸牢に付いた機能の一つで善良市民に接近を報せるモノだとか。
害虫かよ。
横を見る。すぐそばに俺を担当する看守がいる。そいつは骸牢の機能を停止するスイッチと頑丈な骸牢を撃ち抜ける専用の銃を持っている。
こいつを抱き込んで、脱獄する。
可能だろうか? やってやる。俺はここを出て生身の体を手に入れる。被害者に一言謝って、俳優として業界に戻るんだ。大丈夫。俺にはファンがいる。芸能界は甘い。本人の反省に関係なく需要があれば良いなんて考えるやつもいる。ファンさえいれば戻れる。昨今は犯罪者に対して厳しいがそれでも甘い域にある。戻れる。絶対に戻れる。
「ギフト、戻る時間だよ」
「はい」
模範的に。看守を――ゼイと言う――抱き込むには模範囚でなければならない。
「ゼイ、『人形街』に戻ったら一緒にトランプやらないか?」
かつ人懐っこく。
「駄目だよぼくは看守なんだから。遊んでいたら厳罰だよ」
「そっかぁ。んじゃここを出たら酒でも奢らせてくれよ。世話になった礼にさ」
「ははは、奢りならいくらでも付き合うよ」
そう言って笑うゼイ。ゼイの方こそ人懐っこい。俺に対しても嫌悪感を見せない。だから俺はゼイを気に入っていた。だから、騙しているのに多少の呵責の念を感じない事も……いいや……いいや!
俺は頭を振った。
呵責の念なんて感じるな。ここを出るんだろう。
そんな俺を不思議そうに見るゼイ。俺は「ああ虫がいたからさ」と言って誤魔化した。
「さて、外そうか」
ゼイはそう言って手錠のデジタルキーを取り出した。
人形街――骸牢犯用の簡素な刑務所エリアをそう呼ぶ。そこでは堅牢な造りの巨壁と引き換えに手錠の解放が認められる。
ゼイは俺の手錠にキーを当てる。すると手錠が解錠されてゼイの手にカシャンと落ちた。
「それじゃぼくは規則通り自分の立ち位置に行くけど、ギフトはどうする?」
「外の空気を吸うよ。ああ、聖書が欲しいな」
「解った。それじゃ一度部屋に戻るんだね。ぼくはここで」
「ああ、じゃあな」
二人は別れ、それぞれのいるべき場所へと進んだ。その道中で思う。
聖書――ねぇ。
この国でこいつを馬鹿にすると洒落にならない。が、俺はどうしても神が人間を救ってくれるとは思えなかった。だって俺救われてないし。あの女だって救われなかったから暴行を受けたわけだし。
それでも現実を無視して聖書は偉大な効力を持っている。だから俺はそれを読むふりをするのだ。
部屋に着いた。中には木造りの机と椅子、鉄パイプのベッドとトイレがある。それだけだ。とても人を満足させる造りにはなっていない。まあ満足させたらリピーターが出てくるだけだろうが。
俺は木机に置いていた聖書を取り、芝生の庭まで歩を進めた。
「う~む」
庭――と言うか広場と言うか、芝生と雑草・ボロボロのベンチが数脚しかない殺風景な場所を見まわして俺は鼻から息を吐きだす。ベンチが既に先客で埋まっていたからだ。芝生に座るのに抵抗はないが背もたれが欲しい。仕方なく俺は人形街を囲む巨壁にまで近寄ってそいつに背を預けて座り込んだ。
聖書の薄い紙で出来た頁をぺらぺらと適当にめくり、読むふりをする。父が敬虔なクリスチャンだったから聖書も幼い頃から与えられもう暗記出来ているんじゃないかと思いたくなるくらいだ。結局俺の役には立たなかったけれど。
……そう言えば俺が事件を起こしてからの両親を知らない。泣いたか? 怒ったか? 絶望したか? 自殺なんてしていなければ良いのだけれど。
「どうした?」
「ん?」
俺とは別の骸牢が話しかけてきた。確か二年先輩だったか。
名前は――
「ホリー」
「なにか沈んだ顔しているぞ、ギフト」
沈んでいる? 俺が?
その疑念が表情に出ていたのだろう。
「なんだ、自分で気づいていなかったのか」
とホリーが言ってきた。
「いやそもそもこの仮面表情変わらないだろ」
「長く入ってると解るんだよ。あ、こいつ怒ってる、とかよ」
そう言うモンなのか。
「お前泣きそうだ」
「泣く……」
黒い骨の手で仮面に触れる。勿論涙なんて流れていない。
「聖書にでもやられたか?」
「ん~、いや、親の事考えてた」
「親。親か」
ホリーは横に座って空を見上げた。
「こないだこっち、親が面会に来たんだけどよ」
「ああ」
「意外と元気なんだよな。笑顔だって見せるし。昔は怒ってたけどもうこっちがここにいるのに慣れたんだろうさ」
「息子の投獄に慣れてもらっても困るだろ」
俺はちょっと呆れて。
「そうでもないぜ? 向こうの気分が良いとこっちの気分が良くなる」
「あ、それはあるかもな」
「な? お前も親が来たら真摯に対応すんだぞ」
「ああ」
それじゃあな。そう言ってホリーは去っていった。
親、か。




