第36話 ――あ、ホントに●●で起きた。流石お伽の世界
白い指がトリガーにかかり、躊躇いなく引かれて。
「なっ⁉」
なんだこれは⁉
濃い赤色の光が放射状に広がる。無論白雪姫の銃口からだ。
拡散する――エネルギー!
「く!」
鼻につく匂いは香ばしく、口に入る味は甘く。
しかし確実に意識を葬ろうとする果実の力。
甘美なる密やかな囁き声が訊こえた気がする。
粘つく液体が喉の中に入ってきた気がする。
鮮やか極まるピンクの色をした物体に目が塞がれた気がする。
体中を駆け巡る熱い血が沸騰している気がする。
全身が痺れ、指先一つ動かせない。
これが白雪姫の魔法の銃弾か。
果実に侵されまいと意識するも心は沈み、堕ちて逝く――
「――痛い!」
小さな衝撃が額のど真ん中に奔った。
同時に浮上した心で先の方を見やると石見が指鉄砲をオレに向けていた。そうか、石見に助けられたか。
しかし白雪姫の力はまだ漂っている。
またその闇へと堕ちる前に効くのかどうか不明だがオレは放射状の銃弾に向けて『ギフト・バレット』を撃つ。何度も何度も撃って白雪姫の銃弾をやり過ごして――空間が耐えきれずにまたもや崩壊した。
崩壊して、元の世界へと戻った。破られた空間の破片が一点に向かって収束し、蛍火よりも小さな超小型のブラックホールに。
そいつを挟んで向かい合うオレと白雪姫。
オレは石見の魔法で浮き、白雪姫は自身の魔法で浮く。
互いに銃を構えて――撃つ。
炸裂する銃弾と拡散するエネルギー弾が超小型ブラックホールを砕き、ブラックホールの超重力が妙な感じに作用し、なんと炸裂弾がオレの方に、エネルギー弾が白雪姫の方へと逆流する。
オレも白雪姫もすぐさま最低限の動きで自分の銃弾をやり過ごし。やり過ごし、再び銃口を向け合った。
普通に撃っても当たらない。ならばとオレは、オレと白雪姫との間にある『距離』に対して銃弾を炸裂させる。
「――⁉」
初めて白雪姫が目を瞠った。当然だろう。気づけばオレに首を握りしめられていたのだから。
左手で白雪姫の首を持ち、右手で銃口を白雪姫の胸へとあてる。
効けよ。
ゼロ距離射撃。一撃。
轟く銃声。
同時に襲う二つの衝撃。
一つは白雪姫の胸に。
一つはオレの心に。
オレの攻撃を受けて白雪姫の胸に空く穴。
白雪姫の攻撃を受けてオレの心に流れてくる子供たちの恐怖。
倒れる白雪姫は『ギフト・バレット』の銃身に手を添えていて、オレの心に自身が喰らった心を流し込んで来たのだ。本来あるべき場所から剥ぎ取られた心は元の場所へ戻ろうともがき、それでも引き千切られて、バラバラに切り刻まれる。心の色は塗りつぶされて溶け合って、自分のモノじゃなくなっていく。
まるでオレ自身の体験であるかのように心に衝撃が走る。耐えられずに涙がこぼれる。
しかし不意に恐怖は止まる。
涙で歪む視界に映るのはオレに首を掴まれてぐったりとしている白雪姫。銃身にあてられていた手も垂れて、完全なる人の姿から球体関節を持った人形の体へと戻っていく。
ここに、東京に辿り着く前に手に入れたオレの新しい銃弾。銃弾と言う技。グリムの存在そのものを撃ち砕く無銘なる魔法の銃弾だ。
ただしごっそり魔力を、精神力を持っていかれる為に一日一発が限度の奥の手である。
だから。
「よっ、と」
倒れゆくオレの体を石見に受け止められる。
「お疲れ、糸掛」
優しく微笑む石見の背景では白雪姫に喰われた心が元の体へと戻っていっている。
床は砕いたが壁はそのままだ。子供たちは今も捕えられているだろう。それとも白雪姫を倒した事で解放されただろうか。
あ、心樋が石見の魔法で上へと昇って行く。子供たちの元へと向かっているのだろう。
カノとフォゼはどうなったかな?
外の様子も気になるし。
まあ……今は良いか。
少しばかり眠らせてもらおう――と、瞼を閉じたのだが。どうしてか開かれる瞼さま。
「――あ、ホントにキスで起きた。流石お伽の世界」
と言う石見の言葉で覚醒した。
……今、なんて?
「二度は言いません」
プイッと背けられる石見の顔色は至って普通。健康的な肌の色。ただ、うん、耳が赤い。
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くぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
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感触の! 欠片すら! 感じなかった~~~~~~~~~~~
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