第31話 姉さん、『エンゼルエンゲージ』の効果って――
「……あっちだよ」
すぐにクニー宅へと向かい、扉を少々乱暴に叩いて出てきた旦那さんに事情を説明したのだが、二つ程問題が起こった。
まず一つ目はカノたち。カノとフォゼを――殺人犯を見た旦那さんが露骨に侮蔑の目を向けてきてなかなか上がらせてくれなかった。まあこれは良い。仕方ない。
問題は二つ目。奥さんであるクニーが旦那さんを不法侵入者として見ている件だ。
「姉さん、『エンゼルエンゲージ』の効果って――」
「想起。『最っ高に幸せだった幼少期の脳内再生』だ」
つまるところ今クニーが見ているのは旦那さんとの結婚生活ではなく、
「クニー」
「誰なの貴方? 勝手に上がって。タルムはどこ?」
そのタルムと言う幼馴染との淡く幼い恋人関係だったりする。薬の効果とは言えよもや結婚した相手よりも元恋人の方が良いとは……旦那さん的にショックだろう。
「クニー、マインが解るか?」
「カノでしょう? ねぇカノ、貴女ならタルムを知っているわよね? 彼はどこ?」
「タルムは引っ越したろ? 喧嘩別れだったはずだ。旦那はこっち、トーマ」
「?」
なに言ってるの? と首を傾げるクニー。仕草まで幼くなっている。
この状態、『エンゼルエンゲージ』の効果切れで元に戻るのだろうか?
「ってかなんであのクソ兄貴からの指輪なんて受け取ったんだよ」
「売ろうかと」
「……シビアだな」
なかなかのやり手だ。
「――でその指輪ってのは今してるそいつで良いか?」
クニーの右手薬指をつつくカノ。そこにあるのは銀色の指輪で大きなダイアモンドが一つ、小さなルビーが四つ装飾されている品。成程、売れば多少のお金にはなりそうだ。
「一度嵌めたら外す気起きなくなっちゃって」
てへへ、と笑うクニー。旦那さんの方は渋い表情を更に濃くした。
「それも『エンゼルエンゲージ』の作用だよ。良し外すぞ」
「ダメ!」
「ダメじゃない」
手を腰の後ろに回して隠すクニーだが、その腕を後ろに回って捕まえるカノ。
「ダ――――――――――――――――メ!」
「だ・め・じゃ・な・い! おいフォゼ! 手伝え!」
クニーを二人がかりで攻めるも当のクニーは部屋の中をちょろちょろと動き回ってうまくいかない。オレたちに旦那さんも加わってようやくソファに俯せに出来た。
「よーし取ったぁ!」
戦利品を――指輪を掲げるカノ。ところが。
「――⁉」
指輪が砕けて床に落ちた。驚いたのはオレだ。なにせオレの顔ぎりぎり右横を通って銃弾が部屋に入ってきたのだから。
銃弾は指輪を砕き、飾られていたビスクドールの眉間にヒットしている。呪われそうだ。
「隠れろ! 次があるかもだろ!」
「オ、オオ」
耳元で強く言ってくるカノに頭を押さえられながら窓枠の下に潜む。鏡を使って外の様子を見ると――誰だ?
鏡に映ったのは例の子供たちではなく、普通のおっさんの姿をした小太りな男。どこにでもいそうなTシャツにジーンズ姿のおっさんであった。
いやホントに誰だよ。
と、オレたちが窓の外に注視していると。
ガ―――――――――――――――――――――――――――――――――!
「「「――⁉」」」
クニーの頭が非情な銃弾に貫かれた。旦那さんの持つ銃からのモノだ。
「……っ!」
どう言う⁉
「フォゼ!」
「解っているよ姉さん」
フォゼが大きな体で旦那さんを押さえつける。関節技を決めて逃がさない。
「あんたどう言うつもりだ⁉」
旦那さんのネクタイを掴みあげる、オレ。
「――!」
よくよく旦那さんを見てみるとその目に悲しみの色が。
「外の彼は高値で雇った。しようがないだろう……女とはいえ家にまで居座るストーカーなのだから」
「スト……」
そうか。
旦那さんの右手を見る。ない。左手を見る。あった。薬指に指輪が。結婚指輪だと思っていたがこれも『エンゼルエンゲージ』が仕込まれた指輪だったのだ。
「まさか――」
なにかに気づいたカノが窓から顔を出し。
「てめぇ二人ともヤク中にする気だったのか!」
と大声で怒鳴った。きっとそれを訊いたカノの兄が身を縮こませただろう。
や、と言うか。
「カノ!」
「きゃ!」
カノの肩を押して窓から体を引きはがす。予想外に可愛らしい悲鳴に驚いていると銃弾が撃ち込まれ――
「「「――っ!」」」
旦那さんのこめかみから血が垂れた。穴が開いているのに驚くほど血は少なく。
「ク・ソ・が!」
『ブリンク』を石見が作った収納用亜空間から取り出すカノ。外にいるおっさんに狙いを定め、たった一発で喉を撃ち抜いてしまった。
殺しはしたものの、正当防衛が成立しなんとか無罪。カノたちのお兄さんは逮捕されて、ご両親が戻ってきた。
ご両親は『エンゼルエンゲージ』の効果から復帰していたがそれでも問題の山積みに項垂れ、カノたち姉弟に優しい言葉をかける余裕すらなく、オレたちは静かに日本へと帰還する。




