第03話 ママ
「ぷへ」
紙製のストローを「ぷへ」っと口から離し、石見は美味しそうな息を吐く。いや実際に美味しいのだ。なぜならお肉たっぷり、野菜たっぷり、マヨネーズたっぷりの美味極まるハンバーガーを食べた後だから。しかもその後に炭酸飲料も飲んでいる。吐かれる息には味があって、オレの鼻腔をくすぐった。
「いやーハンバーガーにはコー●! 至高だよねぇ」
「……ふと――」
「その続き言ったら糸掛でも目つぶしくらわすよ?」
マジか。
両眼、大事。
「まあオレも同じモン食ってるんだけど」
「太るよ」
「……自分が言われたらいやな事を人に言うなってママに教わらなかったか?」
「え? 糸掛って未だにママって呼んでるの?」
「ちっがう!」
幼い頃は呼んでいたが。幼い頃だけだぞ? ホントに。
あ、他のテーブルについている人たちがにやけ顔でこっち見てる。誤解ですよ? ホントに。
「ま、なんにせよお腹も膨れたと言う事で出ようか糸掛」
「……一人だけスッキリした顔しやがって……」
「ふひひ」
「ふひひじゃないわい」
さて、代金はもう払っているからオレは携行している銃を持ち、揃って扉へと歩を進めた。元々あった自動ドアはワールド・ダウングレードでただの木製扉に変わってしまっている。だからオレは扉を開けるべく手を伸ばし――
『ママ』
冷たい声が――ノドを撫でた。
「「――⁉」」
伸ばされたオレの掌に重なる小さな掌。扉を透き通って伸びてきた掌。恋人にそうするようにその手はオレの指と指の間に自分の指を滑り込ませて――
「あっちぃ!」
炎が掌の間に割って入った。
たまらずオレは手を引いて、相手も手を引いて。石見が魔法石から作り出した炎の剣で斬って来たのだ。
「いやいやいやいや熱さで咄嗟に引いたから良かったものの!」
「大丈夫。人形の指だけ斬り落とすつもりだったから!」
グッと親指を立てて来やがった。満面のドヤ顔で。
信頼はしているが怖いんですよ。炎って見ていると安心するけど火傷はイヤです。
「それよりもホラ」
次いで立てていた親指で扉をつつく。
「そ、そうだな」
苦情は後にしよう。今はみんなの避難と人形。いや避難て言うか。
「みなさんはここから出ないように!」
ざわつく他のお客さんや店員に釘を刺してオレと石見は外に。
「!」
外に、出て見ると人形の足がオレの頭部目がけて降って来た。しかし蹴打を放つ足に咄嗟に銃口を向けて一撃。
敵がいると解っていながら不意の一撃なんてもらってたまるか。
『痛い。痛い』
人形は――黄色い肌の短髪人形はヒビの入った右脚を抱え込んで摩っている。オレが放った銃弾の影響だ。重厚極まるオレの漆黒銃『ギフト・バレット』、元々はXM25グレネード・ランチャーと言ってこの銃の銃弾にはICチップが埋め込まれており、目標を感知し、目標の手前の空中で炸裂する事により最大の破壊力を発揮するモノだ。が、ワールド・ダウングレードによって機能は停止し、魔法石を使って本来の機能を取り戻した。いや、銃の姿が大きく変わり心のありようで威力も弾速も決まるのを考えると“本来の”ではないか? 今となってはグレネード・ランチャーと呼べるかどうかも怪しい。
『痛いよ』
「そりゃ壊そうとしたからな」
とは言え咄嗟だったから威力上げられなかったんだけど。無念。しかし銃声を鳴らせたおかげで周囲にいた人たちが状況を把握し逃げる時間は稼げた。最早見える範囲に人通りなしである。
「喋れるって事は危険度Bか」
人形『グリム』――人の心を食む敵性存在。
それらは危険度最下級CからB・A・AA・AAA・最上級Sへと変化する。
「十人分の心を喰ったな」
『食べた食べた。
でも足りない。足りないよ。俺はもっと心が欲しい』
小さな羽を駆使して浮き続けるグリム。懇願するように心が欲しいと言ってくる。切実な表情で言ってくる。
ふざけんな。
「人間を空っぽにしてでもか」
『してでもだよ。だってこの世界はもう俺たちのモノなんだから』
「火よ!」
ボ―――――――――――――――――――――――――――――――――!
『――!』
炎が爆ぜた。
石見がオレの背に隠して力をため込んでいた掌から――そこに着けている魔法石から炎を放ったのだ。
『ぷっは! 熱い!』
「あ、今のでも熱いですむんだ」
『すまないよ。せっかくの服が台なしだよ』
軽くショックを受けている石見に怒ってみせる、グリム。
今の炎の一撃、グリムの全身を包むように広範囲に撃っていたから威力が分散してしまったのだろう。しかしそれはしようがない。グリムの心臓たる結晶は体のどこにあるのか解らないから。
『お返しに二人の心も食べちゃうよ!』
「誰が――!」
「――やるかよ!」
頭を下げ、下降するグリム。
靴底の魔法石に心を通し、飛翔する石見。
銃を構え、地上から狙うオレ。
「風よ!」
『――⁉』
石見が風を巻き起こしグリムに突っ込む――と見せかけてその横をスルー。
グリムは予想外の石見の行動に驚きその姿を目で追って、銃声が轟いた。
『俺が気配を追えないなんて!』
「思ってないさ!」
と言うかこれまでのバトルでそんなのは知っている。がむしゃらに人を襲う危険度Cと違ってBには策を練る知能がある。
だから。
『え?』
目を瞠るグリム。
知能がある――しかしその知能は得て間もないモノ。だからこそ自身の策を信じ簡単に溺れミスを犯す。
オレの放った銃弾は振り返ったグリムの脇を抜け、石見へと向かって彼女の纏う風に流されグリムの背で炸裂した。
『っ! まっだだよ!』
背を割られガランドウな中身をさらしながらもグリムはオレに向かって手を伸ばす。
『圧よ!』
人間と違いグリムの体は全て魔法石で形成されている。つまり人間の使用する魔法石はグリムの体だったモノだ。だからこそグリムもこうして魔法を行使出来るのだがBの魔法石純度はまだ低い。こいつの使う魔法は弱い。
が。
「っう!」
それでもオレの心臓にかかる圧は充分な程にオレを苦しめる。まるで直接握られているかのような圧迫。血流に異変が起き、まともに呼吸が出来なくなった。
「けど糸掛もオトリだったりして」
『え』
割れた背中に手を突っ込む石見。その手にグリムの結晶を引っ掴んでいる。
「せーの!」
『風よ!』
結晶が握り潰される、そう悟ったグリムは石見の手に風の刃を叩きつけ――
『あ……』
石見が手を離した隙にオレの撃った銃弾で結晶が砕け散った。
「実はやっぱり石見の方がオトリだったりする。痛かったけどな心臓」
「手も痛い」
結晶を失ってグリムが地へと落ちていく。球体関節が接着を失ってばらけて落ちていく。
途端に砕けた結晶が光の粉となって四方八方へと飛んでいった。これでこのグリムに喰われた心は元の人間へと戻っていく。
十人。少ない数ではあるが戻せて良かった。
「……石見、手の治癒出来るか?」
出来ないなら救急セットを車に取りに行くのだが。
「ん、これくらいなら手持ちの魔法石で治せそう」
「そうか」
とは言え風の刃に斬られた左手は痛々しい。オトリだったからこそ利き手である右手ではなく左手を使ったのだけれど……それでもオトリにしなくてすむように戦いたいものだ。まだまだ、訓練しなきゃな。
「それは私もなんだよねぇ」
「心を読むな心を」
「幼馴染の以心伝心は良い事じゃん? 仲良さげで」
「……まあ、それは……そうなんだけど」
「おや照れてる?」
「照れてない」
顔が熱く感じるのは太陽のせいだ。今夏だし。暑いし。
「ま、とりあえずグリム――魔法石を回収っと」
そう言って石見はグリムの体を袋に詰め始め、オレもそれに参加する。敵を倒してドロップアイテムを拾う。ファンタジーゲームみたいだな。ただ危険度Bのグリムだった魔法石の純度は前述通りに低い。だからここから精錬する作業が必要だ。しかしそれには持ち運び出来ない機材がいる。
この場所から一番近い工房は――
「スゥさんのとこに行くか」
「そだね。スゥさんのアップルパイ美味しいし」
「……ふと――」
「言うなー!」