第27話 まさか……まさか!
◇
「やるよ」
ごくり、と誰かが唾を飲んだ。
オレに――ガロアの封印を破る為に銃口を自らの胸に向けているオレに目を向けて。
失敗したら記憶がごっそりもっていかれる。失敗は許されない。
必ず成功させてみせる。
だってここにいるみんなとの想い出を奪われるなんて御免被るから。
「せーの!」
「兄さん、お腹空いた」
「糸掛、お腹空いた」
「仲良いな」
四輪駆動車を駆りながら、オレの横――助手席に座る石見と二人の間に座る心樋からの催促に記憶を取り戻したオレはため息一つ。
時刻を確認すると十一時五十分を回ったところだ。お昼ご飯の時間だ。確かに空いてきたな、お腹。
「糸掛、こちらの姉さんの腹の音も止まりません」
後部座席に座るフォゼ。その横にいるカノは車酔いでぐったりとしていて、それでいてお腹の虫をぐぅぐぅと鳴らしていたりする。吐いたりしたから余計に空いているのだろうが、食べる元気はあるのだろうか?
本陣の自爆から一週間。多くのグリムと多くの人を巻き込んだ『事件』は瞬く間に世界に広まった。
すぐさま『日雷』所属のお偉方と敵側のお偉方がそれぞれの主張を展開したのだがどちらが悪でどちらが正義か真っ向から反発しあい、平行線のまま時だけが過ぎた。
魔力量は減り続けているもののまだグリムたちが潰えるなどなく、心樋を狙っている。
良い事だ。子供たちから想いを奪い尽くしていないのは。
しかしそうなるとグリムをどうするのかが問題になるのだが。
なんか良い方法転がってないかなぁ?
「お・な・か♪」
「す・い・た♪」
その心樋は石見と一緒になって歌っているが。なんか石見が二人になった気分。
……まあ、仲良くしてくれるのは兄として嬉しいんだけどね。
「んじゃ、適当なファミレスで停め――」
「ス・テ・ー・キ・が♪」
「良・い・な♪」
「……んじゃ男女公平に割り勘な」
「「え~?」」
え~? じゃないわい。『日雷』がこれまで通りに給料払えるかどうかも怪しいのに。
おまけに――
「糸掛……アクセの回収も忘れんなよ」
「解っているよカノ。て言うか車ん中で吐くなよ」
魔法麻薬はどうやらアクセサリーに仕込まれて出回っているようで、見かけては買い取っての回収となっている。自腹だ。痛い出費である。
「……総元締めを捕まえたら……全額出させてやる……うえ」
「もう良いから停めるまで喋んなって。まじで車ん中で吐かれたら困る――」
「うえ~」
「困るってば!」
グリムもいる、総元締めもいる、敵側に回っている人間もいる。
このダウングレードワールドの中でオレたちが打つべき最善手とは一体なんなのか。
……まあ良いや。
わりと楽しい世界のファンタジー化。
今日も今日とて自慢の四輪駆動車でオレたちは進む。
なんて『オレたちの戦いはこれからだ』的なもんを思っていると、一つの紙飛行機が車の前を横切った。
「――!」
以前にスゥさんが飛ばしたモノだ。間違いなく。
となるとこの近くに古栞を呪ったやつがいる⁉
「「「うわ!」」」
急ブレーキをかましてしまったせいで全員が前のめりになってしまう。シートベルトがなければ怪我くらいしたかも……シートベルト、優秀な子。
「あぶねぇじゃねぇか!」
「ごめんカノにみんな! 石見! あそこ!」
「へ?」
オレは急ぎ、指をまっすぐに伸ばす。石見はそんなオレの指の先を追って――ある子供を背の低いアパートの上で見つけた。
紙飛行機に周囲を飛ばれる、子供を。
「あの子が――古栞を呪った子? でもあの子って……」
「Dの、グリムだ」
それも産まれたばかり。
強大な自我もなく、ただぼんやりと存在するだけの赤ん坊。グリムの赤ん坊。
呪いの犯人はグリムかもと思い思われていたが本当に……。しかしそれならばどうして心を喰うのではなく呪いの道を選んだ?
「ん?」
オレたちが上を注視する中で、フォゼが一言もらした。
「ちょっと、みなさん!」
「え?」
呼ばれ、目を降ろすと、ギョッとした。
なぜって? なぜなら、人とグリムの子供たちがこの車を取り囲んでいたのだから。
「なっ……」
その数、千超えていないか?
一人二人ならとても可愛らしい存在だ。愛すべき存在だ。けれどこんなに多いとちょっと引くんですが?
しかも。
「うそ……だろ」
息を呑む、カノ。
しかも、その子供たち全員が非致死性対人レーザーライフル『フェイザー』を持っているとなれば。
「まさか……まさか!」
銃を構えるカノ。しかしオレはすぐに銃身に触れて力づくで降ろさせる。
「オイ糸掛!」
「解っているさ! 解ってる! だけど!」
例の島にも確かに子供はいた。可能性としては考えていた。
だけど。
こんな子供たちが――こんなに多くの子供たちが総元締めなんて誰が信じられる⁉ 誰が殺せる⁉
「これじゃ、悪夢再来ってやつじゃないか!」
思わず声に出すオレ。
そのオレの声をカノはしっかりと訊き届けたようで。
「再来ってなんだ? 前にあったみたいな言い方――」
「「「心樋、み~つけた」」」
「ひっ」
子供たちの揃った声に、怯える心樋。そんな心樋を抱きしめる石見。
「……順序良くいこうか。まずそこの紙飛行機に飛ばれているグリムはどうして古栞を呪った?」
「「「呪う? あの子はその子を人として死なせてグリムに変質させようとしただけだよ」」」
「へん――」
「「「お友達だから、良いよね?」」」
良いわけあるか。
この子らは子供だからこうなのか? それとも歪んでいるからこうなのか?
「次だ! てめぇらはどうして魔法麻薬なんてばら撒いてやがる⁉」
「「「え? 大人に夢を見せちゃいけないの?」」」
「あ⁉」
「「「大人って、ずるくて、賢くて、グリムを消しちゃう。
どうして篝火が弱くなっているか解らないの? 大人がグリムを拒むから、それを見て子供は育つから。
だから大人にも夢を見せるの。
『エンゼルエンゲージ』は、大人を子供に戻す夢の薬。子供の心を思い出す魔法の薬。
とっても素敵な事じゃない」」」
疑問ではなく、断言。この子たちは本気でそう信じている。
「ふざけんな……壊して、なにが素敵だ!」
「「「ねえ心樋、こっちにおいでよ。仲良く遊ぼ」」」
「みんな座れ!」
思いっきりアクセルを踏みつける、オレ。
これはまずい。ここにこのまま居続けてこの子たちの言葉を訊き続けるのはまずい。
だからオレは何人か轢く覚悟で車を動かした。
けれども子供たちは混ざっているDグリムに抱えられて咄嗟に道を開ける。
グリムが人の子を助けた。
この子たちは本当に『お友達』なのだ。
「「「心樋~、迎えに行くからね~」」」
来てもやらん!