第24話 篝火が消えようとしている
どこかで、きっとどこかで心樋はオレを見ていると思っていた。オレが心樋を思い出す瞬間を待っていると思っていた。
だから呼びかければ応えてくれるだろうとも思い、それは正解であった。
片手にチャーミングを抱く少女は、悲し気に「うん」と言うとどこからともなく現れて。ただ一人ではなかった。二人だ。いやチャーミングを入れると三人か。
? そばにいる――聖騎士と思われる――ゴールデンイエローの髪にディープバイオレットの瞳を持つ男は誰だ? 中年男性だが、人か? 聖騎士風のグリムか?
「心樋――!」
フェレナントの気配が騒めいた。目的であった心樋を前に喜び、怒り、双方が混じった感情が魔力となって全身から放出されたのだ。
複雑な魔力を浴びたオレたちの総毛が立つ。心樋から「ひっ」と言う恐れの声が漏れるがその前に聖騎士が陣取って彼女を守った。
「篝火を返せ、心樋!
俺たちの――グリムの世界を再構築する為に!」
心樋に向かって手を伸ばすフェレナント。膝をついたまま、それでも必死に手を伸ばす。
「……ごめんなさい、ワタシは知らない」
「知っているかどうかは問題ではない。見ているかどうかが問題なのだ」
「見てない」
「確かめれば解る」
「そうだね」
「「「―――⁉」」」
新たな声が一つ混ざった。同時に光を聖騎士が剣で祓う。
今のは、今の光の弾は!
「確かめれば解る」
上空で閃光が灯る。
「まずい!」
光弾がオレたちの上空で散弾して雨のように降り注ぐ。オレたちは各々の銃を盾代わりにしてそれをなんとかやり過ごし、心樋に向かった分は聖騎士が全て斬って棄てた。……すごいなあの聖騎士。聖騎士の平均的なレベルはゆうに超えていると思う。
「だけど」
攻撃が防がれたと言うのに落ち着き払った声が訊こえる。光弾――『レイ・ガン』を駆使するSグリム・ユーリアはまだ姿を見せていない。周囲を見回し、感覚を研ぎ澄ませても魔力を隠しているのか気配もつかめない。
一体どこからオレたちを狙っている?
「この面子を前に心樋を奪取するのはムリか」
「ギフト!」
轟く銃声。カノに名を呼ばれてオレは瞬時にその考えを理解し行動に出たのだ。即ち倒れていたフェレナントの打破。
『ギフト・バレット』から放たれた銃弾はフェレナントの胸に穴を開けて――
「――!」
『レイ・ガン』の操り手が銃弾を受けたフェレナントの体を攫った。
だが。
「……ユーリアか……」
「ああ」
『レイ・ガン』の操り手ユーリアは胸を穿たれたフェレナントを抱えたまま海面に立っている。だが胸に穴を持つフェレナントの体はもうボロボロと崩れていくところ。魔力を討ったのだ。結晶そのものだと言うやつの魔力を。最早永くはあるまい。
「俺を喰らえ……ユーリア」
「やだね」
即答。思わぬ返答だったのかフェレナントは弱々しく目を瞠る。
「確かに、キミを喰らえば俺の力にはなるだろう。この場を無傷に切り抜ける事も可能だろう。
けど、俺、同族は喰わないよ」
人間は人間を喰らわない。人に近づき過ぎたグリムだってグリムを喰らわないと、そう言っている。
だが抱えられたフェレナントは納得いかないようにユーリアを睨む。
「俺は良い。気づいているだろう? 世界の魔力がゆっくりと減少している」
「ああ」
魔力が――減少?
新情報だ。絶対に持ち帰らねば。
「篝火が消えようとしている。
子供たちが俺たちグリムの名を持つ連中を恐れて、童話を楽しむ心を失いつつある」
そうか。グリムが子供たちの想いで存在しているのなら、それが途切れる事で消えてしまうのだ。
……良い――のかそれは? 子供たちから童話を楽しむ心を奪い去ってグリムたちを消滅させて、それで良いのか?
「ここをお前だけでも生き延びろ」
「当然そうする。けどキミを喰らう必要はないんだよ」
「? どう言う――」
「「「――⁉」」」
突然だ。突然視界が白に染まった。
この現象は!
『フェイザー』――カノたちの追う総元締めが操る、人間を一時的に失明させる非致死性対人レーザーライフル!
「てめぇ――――――――――――――――――――――――――――!
どこだぁ――――――――――――――――――――――――――――⁉」
叫ばれるカノの怒り。しかしそれに応える声などあるはずもなく。
ただ耳に海面を打つ音が二つ届いた。一つは海面に立つ弱い音。もう一つは海面を叩く強い音。
恐らくはもう一人のハンターと麻薬の総元締め。
よりにもよってSグリムと手を組むとは!
「そ・こ・か!」
オレと同じく音を訊きつけたのだろう、カノから銃弾が放たれる音がした。一撃どころではない、連撃だ。
それに続く別の銃声が二種類。
一つはフォゼ。
もう一つはオレ自身。
「フェレナント、お前の魔力は俺がもらうぞ。異論はないなユーリア?」
……あれ? 着弾の音がない?
「……フェレナントが良いならね、クノイスト」
ユーリアの銃の能力は把握済みだ。となるとオレたちの撃った銃弾の威力を殺いだのはクノイストとやらの力か。この島で行動していたのなら、間違いなく銃の能力。
「構わない、クノイスト、喰え」
「ああ」
気配が一つ消えた。クノイストと呼ばれたSグリムがフェレナントを喰らったのだろう。証拠に、クノイストの魔力がひときわ強く感じ取れた。しかし同時に消えても行く。
「てめぇ! 待て!」
カノからの怒声に応える声はやはりない。総元締めは決して喋らない。これまでと同じく正体を決して悟らせる事なく、
「じゃあね」
ゴ―――――――――――――――――――――――――――――――――!
「「「ぐぅ⁉」」」
轟音を発し渦巻く突風と共に、連中は気配を完全に断って消えていった。
「くそ! くそ! ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「カノ! 悔しがるのあと! 今は逃げる!」
オレは気配だけでカノの腕を掴む。けれどカノはそんなオレの手を振り払い、
「はぁ⁉ なんでマインらが逃げるんだよ⁉」
と怒鳴ってきた。
気持ちは解るのだが今はまずいのだ。
「忘れたか⁉ この島は監視カメラばかりだぞ⁉ んで上の連中はSグリムの味方でここには心樋がいる!」
「――あ」
オオ、ようやく正気に戻ってくれたか。カノの態度が一変して落ち着いた。
その頃には視界も五割方戻っていた。総元締めの銃『フェイザー』、効果が長く続かないのだけが幸いか。
「逃げるぞ! すぐに――」
捕縛する連中が来る! そう言おうとした矢先。
「「「――⁉」」」
百に上る気配が舞い降りた。




