第22話 ……動くか
◇
あっと言う間だった。ロスト・パラベラムにいる人間が六分の一になるのは。
「くっそ!」
その現状にオレは思わず悪態をつく。
オレが目覚めて二日。その頃にはもう島は以前よりも死臭濃く漂う戦場であった。
ハンター、つまりSグリムの侵攻が思いのほか早かったのだ。魔法具に加えて高位魔法すら駆使する連中はあっと言う間にオレたちの上位に座した。
今、オレは海岸を見渡せる岩場の陰に身を潜めている。海岸にはSグリムが一人。なぜか手を開いたり閉じたりしているそいつは己の手を見て、空を見て、周囲を見回す。
? なにか探している? それともなにか確認しているのだろうか?
かく言うオレも少しばかり異変を感じている。魔法具である『ギフト・バレット』に装着されている魔法石に溜まる魔力、その回復速度が遅いのだ。
駆使し続けた事による摩耗、或いはただの故障だろうか? それともなんらかの変化があったのか?
石見とコンタクトが取れればもっと魔力について訊けたのだろうがそれは出来ない。ここでは役割が違う。『ギフト・バレット』の使用は特例でOKが出たがコンビを組むまではNGだった。そりゃそうか。文句を言っても始まらないから受け入れよう。
ではカノとフォゼの方はどうなのか? 実は二人も海岸を望めるどこかに隠れている。どこか――と言うあいまいな表現になるのは二人の確実な位置が不明だからだ。なにせロスト・パラベラムにいる人間は端末を使っての連絡が禁止されている。ではゴーグルで熱源を感知出来ないのか? それは可能である。通常なら、だが。
オレは額にかけてあるゴーグルを目の位置にまで落とす。しかし。
「……まだダメか」
ゴーグルに映る映像は砂嵐で。
情報端末の麻痺――これが今オレたちの追うSグリム・フェレナントの持つ銃の効果である。
連絡が取れず、仲間の位置も探れず。多分ここにいるんだろうなぁ、と思い巡らせ行動するのは予想以上に神経を削られる。おまけに対象を狙っているのがオレたちだけとも限らない。ゆえに流れ玉がこちらに飛んでくる可能性もある。
敵も敵でゴーグルを使えないだろうが情報を封じられるとこうもきついのか……。
「――!」
フェレナントが重兵装な銃を掲げた。真上にだ。またあれか!
銃弾が撃たれた。撃たれて――
「散れ」
上空にて散弾。雨となって周囲に降り注ぐ。
逃げられぬ広範囲攻撃。だからオレは『ギフト・バレット』を放って炸裂させて傘を作る。
大丈夫、これは厄介だが防ぐ事は可能だ。
だがそれはオレに限った話で……。
フェレナントの放った散弾は岩を穿ち、草葉を貫き、大地を抉る。情報端末を麻痺させるその銃弾は威力とて尋常ではなく。魔法具である銃の威力は魔力量と心によって変わる。これはつまり心を得たフェレナントが強力であると言う証明だ。
……カノとフォゼは、みんなは無事か? 先程から誰もフェレナントに向かって攻撃を仕掛けないが。オレと同じく機を窺っているだけなら良いのだが。
「とは言え」
機が訪れない。もうこうして二時間になると言うのに。もっと待つべきか動くべきか……。
短い間だが熟考し、オレが出した結論は。
「……動くか」
膠着状態を打破する。オレの位置はバレるだろうがそうなったなら一気に攻め落としてやる。
呼吸をゆっくり深くして、『ギフト・バレット』の照準を合わせる。狙うはフェレナントのいる砂浜。まずは砂を弾き目を塞ぐ。
ガ―――――――――――――――――――――――――――――――――!
「――!」
目を瞠るフェレナント。『ギフト・バレット』の銃弾が足元で炸裂したせいで砂が舞い、視界を塞がれたからだ。
続けてもう一撃。素早く銃口を動かし、今度はフェレナントの頭部目がけて。
「ぐっ⁉」
ヒットした。
フェレナントの頭部は砕け、口から苦悶が漏れる。しかし倒れずにいる。
結晶は外したのかそれとも以前のSグリムと同じようにどれだけ砕いても倒れないのか。
「お?」
頭部を砕かれても倒れないフェレナントに銃弾が殺到した。生き残った人たちが一斉に攻撃に移ったのだ。
ならばオレもそれに続かねば。
『ギフト・バレット』を再度構えたその瞬間。
「散れ! 返れ!」
「「「――⁉」」」
フェレナントが銃弾を撃った。狙いなどつけていなかった、が、銃弾は散弾と化し自身を襲う銃弾を砕き、その弾道を遡って射手を穿つ。
あちらこちらで苦痛の声と血しぶきが上がる。数は十三人分。その中に――
「カノとフォゼの声は訊こえなかったな……」
勿論その二人さえ無事ならば心の底から安堵出来ると言うわけではないのだが。しかし友人の安否を考えるのは仕方ないと思っていただきたい。人間だもの。
オレは深く呼吸する。心を落ちつかせて狙いを定める。
見えるフェレナントの体は銃弾を受けまくったせいでボロボロだ。なのに動くんだよな、あいつら。いったい結晶はどこにあると言うのだ?
こちらが悩みに沈んでいると銃声が一つ鳴った。ほぼ同時に着弾の音。フェレナントに開く一つの穴。今の銃声には訊き覚えがある。この島に来てからのオレの相棒だった『レディ・ポイズン』、フォゼに渡したままにしてあるそれだ。その証拠に――
「――⁉」
フェレナントの体が変色していく。絶対に体に良くない青紫色に。致死性、腐食性、あらゆる毒の込められた銃弾を撃たれた証拠。
「治れ!」
すぐにフェレナントは治療に――入っ……て……入った? と言う事は毒が効くのか? 銃弾の雨を受けても生き抜いているあの体に?
オレが疑問符を浮かべて眺めている先でフェレナントは治療を続けている。が魔力が込められている毒だ。簡単には解毒出来ないらしく、てこずっている。
考えろ。毒は効く。『レディ・ポイズン』の毒は間違いなく全身に巡り普通の人間ならば必ず死に至らしめる。まさに必殺。
フェレナントはどこを重点的に治癒している? 魔法の、魔力の放出点である手は胸にあてているが治癒の光は全身を灯している。一際大きく光っている部分はない。全身均等に光っている。
つまり――
「うぉ」
銃声が四つ。同時にフェレナントの両肩、両脚の太ももに穴が開く。更に続く銃声。徹底的なまでに同じ個所を穿たれてフェレナントの腕と脚が吹き飛んだ。
この銃声と銃弾はカノの『ブリンク』か。
倒れ込むフェレナント。
「ギフトぉ!」
「解ってるよカノ!」