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第21話 もう少しでキスで起こすところだった~

「……っ!」


 目が開いた。あれからどれくらい経ったのか(わか)らないがオレは柔らかなモノに横にされていて、勢い良く目が開いた。


糸掛(いとかけ)


 オレを呼ぶ声。優しく、それでいて震えている。


石見(がらみ)?」

「うん」


 知らぬベッドに寝かされていたオレ、その横の椅子に腰かけている石見。

 石見の目が潤んでいる。泣いていたのか、それとも今、泣きだそうとしていたのか。


「良かった~もう少しでキスで起こすところだった~」


 なんと。おしい事をしてしまった。いや待て、寝ている時にキスされてもオレ嬉しくないぞ? 覚えてないだろうし。


「んじゃ狸寝入りするからその間に」

「誰がするか」


 拒絶されてしまった。ショック。


「いちゃつきはもう良いか~?」

「ん?」


 お邪魔な声に目を向けて見ると別のベッドに腰かけているカノがいた。体についた傷を治療された状態でかなり痛々しい。魔法による治療は受けなかったのか?


「受けたぞ? けどSグリム――ええとユーリアだったか? そいつの魔力が阻害しているっぽくてな、マインもお前も未だに寝ているフォゼも全快せず、だ」


 カノの腰かけるベッドにはフォゼが横になっている。性格からは想像も出来ない豪快ないびきをかきながら。ガァガァ、まるでカラスの鳴き声だ。凄いな……。

 いやそれよりも。

 魔力阻害、ああ、それでオレもあちこち痛いわけだ。


「人の被害はここにいる三人だけだよ。他はなし」


 指を三本おっ立てて、石見。


「まったく情けねぇ話だ。誰も彼もマインらの助っ人に来なかったんだからな。囚人共はビビっちまってたらしいし、運営側の連中はチャーミング側にゾッコンだったみたいだし」

「でもね、全く魔法が効かなかった。チャーミングの魔力残滓が原因だろうって話だけど、向こうはただ浮かんでいるだけで攻撃して来ないし、消えちゃうし」


 一応カノは石見に嫌味を飛ばしたのだろうがあっさりスルーされた。ちっとも効果がなかったからオレとカノは苦笑する。


「でもカノちゃんの話()いてなんとなく納得した」

「オイちょっと待て『ちゃん』づけはやめろはずいだろ」

「え~可愛いよ? 似合っているよ?」

「そんな可愛い性格してねぇよ」


 確かに。

 オレが無言で頷いていると枕が飛んできて顔面にヒットした。フォゼの枕なんだが?


「糸掛の妹ちゃん、なんだって?」

「……」


 ずり落ちる枕。オレはそれをカノに投げ返しながらグリムの言葉を脳内で再生する。


「チャーミングと共にいる少女“心樋(ことい)”はキミの妹だと言うのに」


 間違いなくオレの妹だと言っていた。


「あの子が糸掛の妹ちゃんなら、お兄ちゃんに逢いに来たけど邪魔されたって感じだろうね」


 ここでようやく苦笑を見せる石見。悪い事したかな? とか思ってるんだろうな。

 あれ、待てよ?


「……そもそも向こうはオレを知っているのかな?」

「人形に――グリムに育てられたなら今よりもずっと幼い頃にグリムのところに行ったって考えるのが普通だから、覚えている可能性は……あでもそれでもグリムから訊かされていたのかもだよ」


 オレを気遣ってだろう、石見は慌ててフォローを一言加える。良い子です。そして可愛い。


「話整理しようぜ。

 第一に“心樋”は人間がグリム世界に送り込んだ。目的は篝火の奪取。

 篝火は子供たちの願い(おもい)を照らす太陽役、グリムはそこに出来る影だった。

 が、篝火の檻は壊れ世界を焼き、篝火と【メルヒェン・ヴェルト】がこっちに浸透しちまったからグリムが出現し、連中は怒り心頭。

 それでもグリムは人間を理解しようと心を狙い始めた。

 これが本当ならほんっきで人間の自業自得だな」


 舌打ち一つ。やりきれない気持ちになっている。オレも石見もカノも。

 だが今は言葉を続けよう。


「不明な点もあるぞ。なんで怒っているはずのグリムが人間側でハンターやっているのか」

「ああそうだな、飼われる理由がねぇ」


 飼われる……。

 言葉が脳にひっかかる。飼われている気配などあのSグリム・ユーリアにあったか? ちょうど良い契約でも結べたのか? オレに怒りをぶつけてきたあいつと人の間で?

 むしろ――


「あのさ、最悪な展開言っても良いか?」

「んだよ? 男ならズバッと言ってみ」


 カノの言葉に石見も首肯する。


「Sグリムが人間と変わらないって言うなら、とっくの昔に人間の椅子を抑えていても不思議じゃなくないか?」

「「――!」」


 つまりは、オレたちが人間側の意思決定機関だと思っていた各国政府がグリムに乗っ取られている可能性、そいつがあると言う話だ。


「そうか……確かにな。それでマインはこの島にぶち込まれたわけか」

「「いやそこは違う」」

「む?」


 カノはやる事やったからだろうと。


「この話、誰が味方なのか解らないから暫く四人の秘密にしとこ?」

「だな。カノも良いか?」

「構わねぇ。

 けどよ、『ロスト・パラベラム』はどうなる? 閉鎖されんだろ? マインらの身がどうなるか解んないぞ?」


 そうか、そう言う話もあったか。


「……ん? なんでカノがそれ知っているんだ?」

「お前が寝ている二日の間に発表があったからだよ」

「オレ二日も寝ていたのか……」


 どうりで頭がぼんやりとする。寝すぎるとこうなるんだな。


「ここは私たち医療班用の施設だけど、外はもう戦々恐々だよ。ハンターに追われまくってる。全員が狩られるまで時間は少ないと思う。

 ……でさ」


 石見の表情が曇った。

 うん、言いたい事は解っている。


「オレたち三人もある程度回復したら放り出される、だろ?」

「……うん」

「マインとフォゼには麻薬ヤロウを追うって目的がある。フォゼが起きたら喜んで出ていくぜ」


 カノに託されている銃を握りしめながら。


「カノちゃん」

「だから『ちゃん』つけんなって。

 で? ギフト――いや糸掛か? お前はどうする?」


 二人の視線がオレに向く。どうする、か。石見が持っていたオレのガジェットを操作しメール欄を見てみるが上からの追加連絡はなし。まだオレに出されている指令に変化はない。

 なら、どうせここにいるのなら。


「……カノたちに付き合うさ。一度は総元締めに殺されかけた身だ。今後狙われないとも限らない」


 ただし。


「当然、生き残るけどな」


 そしてあの人に会う必要がある。


「石見、ここを出たら行きたいところがあるんだ」

「うん」


 ガロア――オレたちの記憶を消した人。もとい、犬。


「みんな目的を果たしてここを出よう。

 オレもみんなも絶対に死なないように」

「ああ」

「うん」

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