第20話 糸掛たちの記憶を消したのは――
自身が撃った空間を把握出来るのか驚くフォゼ。いや驚いているのはオレとカノも一緒か。
グリムが複雑な現象を引き起こす高位魔法を使う。そんな話訊いた覚えがない。しかも準魔法士用に調整されている魔法具も同時に使いこなすなんて。
これが! Sグリム!
「『レイ・ガン』――」
「くそ!」
悪態づき、オレは『レディ・ポイズン』を構える。
「――散れ」
オレとグリム、撃ったのは同時。オレはグリムに向けて撃ったがグリムはフォゼに向けて撃った。
そのグリムの光弾が宙で弾ける。散弾になったのだ。
魔法具と高位魔法の同時使用。うらやま! なんて言っている場合ではなく!
「この!」
床に向けて銃を叩きつけるフォゼ。舞い上がる木材が散弾を引き受けて――防ぎ切れなかった光弾がフォゼの左腕を穿った。
「つうっ!」
「防げ」
苦痛に顔を歪めるフォゼと『レディ・ポイズン』の銃弾を魔力の盾で防ぐグリム。
『レディ・ポイズン』――毒を撃ち出す銃は対象に当たってこそ意味を成す。
では盾で防がれたら終わりなのか? 否、否である。
「ん?」
魔力の盾が蒸気をあげながら溶けて消えて。
「魔法具だぞ! ただの銃みたいに防げると思うな!」
毒が効くのは人の、生物の体だけではないのだ。
そして。
「――!」
盾が溶けて出来た防御の穴に『ブリンク』の銃弾が滑り込む。
上半身のどこかにヒットすると思われた。運が最上級に良ければ心臓たる結晶にも当たってくれただろう。しかしグリムは『ブリンク』の銃弾を左手小指で弾いて落とす。ぱらりと落ちる小指の欠片は人とは違う魔法石。
最低限のダメージでなんとかしてしまった。ずいぶん思い切りが良い。
「はっ! それなら全部の指! 使いきらせてやるよ! ギフト! 盾全部壊せよ!」
あ、オレってフォロー役なんだ。出来れば主役でいたいがこの場ではやるべき事に専念しよう。
「フォゼ! 囲め!」
「はいはい」
オレとカノとフォゼがグリムを中心に三角に位置取る。銃口をグリムに向けたまま。
そんな三人をグリムは順に見て、まずフォゼで目を止めた。
「――!」
けれども素早く動いた銃を握る右手はオレに向けられて、オレとグリム同時に一射。
フェイントかよ!
「落ちろ」
光弾が曲がった。言葉通りに下に向けて落ちた光弾は床を吹き飛ばし、オレの視界を塞いでしまう。同時にオレの銃弾が盾に着弾。防がれ、盾は溶ける。
まずい!
すぐに撃たれるだろう次の一撃を警戒し咄嗟に左に飛ぶ。
「え⁉」
そのオレの体にカノがぶつかって来て、右方向からフォゼの体が飛んで来て転がった。左右は読まれなかったようだが横に避けるのは先読みされていたか。
「わりぃ!」
「こっちこそ!」
謝ると瞬時にカノは体を起こし、オレも倒れかけた姿勢を元に戻す。
「ぐ!」
しかし訊こえてくるカノの苦痛の声。体を起こしてすぐグリムの蹴打を腹に受けたのだ。再びオレの体にぶつかるカノ。オレはカノの体を左腕で支え、間近にまで迫っていたグリムに向けて一射。毒の銃弾はグリムの左手薬指に当たり――いや防がれ、指を痺れさせるもグリムは躊躇なく光弾で指を吹き飛ばした。
無茶をしているようでなんて賢い戦い方!
「オォ!」
「――!」
銃口をオレに向けるグリムの頭部をフォゼが『タシターン』で殴りつけた。
銃弾が効かないと解ったからだろうが豪快な。
「けど、効かないな」
グリムの体表は硬い。だから砕けてしまったのは『タシターン』の方で。
『レイ・ガン』の銃口がフォゼの腹にピタリと当てられて――
「わ⁉」
オレに足払いを受けて倒れ込むフォゼ。そんなフォゼの右耳を掠めて光弾が通りゆく。血が飛んだ。フォゼの右耳が僅かながらに抉られたのだ。
「あ、ありがとうございます!」
「いいえ!」
「くそったれ!」
弟が再び傷を負った事でカノの神経が逆なでされたのか『ブリンク』を近距離で連射する。だがその全てが――
「防げ」
魔法壁で防がれる。
「フォゼ! 使え!」
壁を作っている間はグリムも動けまいとオレはフォゼに向けて『レディ・ポイズン』を投げた。
「え? でもギフトは⁉」
重厚な『レディ・ポイズン』を両腕で受け止めて、フォゼ。
「オレには――」
手を右に突き出す。そこに現れたるは――
「こいつがある!」
石見の魔法で亜空間格納されていた『ギフト・バレット』。オレ本来の愛銃だ。
「あ? お前なんで二丁持ってんだよ⁉」
羨ましいなこのヤロウ! カノの羨望の怒声を受けながらオレは愛銃を構える。銃弾はばっちり揃っている。手入れもしっかりしているから問題なし。
「あとで謝罪と説明する!」
『ギフト・バレット』を構え、グリムの頭部へと一射。魔法壁が炸裂に敗けて砕け散り、『ギフト・バレット』第二射目。
「ぐ!」
グリムの右眼が炸裂によって潰された。
よっし!
「今だ!」
オレの音頭で三人揃って乱射乱撃。吹き飛ばされるグリム。しかし。
「おいおかしくねぇか⁉」
グリムを壁にまで追い詰めながらも連撃を止めない。なぜか? グリムの結晶を砕いた感触がいつまで経っても伝わって来ないからだ。
単純に外しまくっていると言う話はないだろう。ではどうして結晶に当たらない?
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――ア!」
「「「――⁉」」」
グリムが吠えた。ボロボロの体で吠えた。
途端圧していたこちらが壁に叩きつけられる。魔力の放出に吹き飛ばされたのだ。
ま、魔力ってこんな使い方も出来るのか……。
おまけに叩きつけられた勢いで肺に入っていた空気を一気に吐き出してしまった。呼吸を安定させなければ。
「はぁ……これはしくじったな」
崩されている体でそれでもグリムは二の足で立つ。右手に相も変わらず『レイ・ガン』を握りしめて。
「少し侮っていた。この場は敗け。退かせてもらうよ」
「ま……て」
「待てない」
「だっ⁉」
震えながら『ギフト・バレット』を構えるオレの頭部をグリムの持つ『レイ・ガン』が叩いた。撃たれたのではない、殴打だ。
軽くだったが目まいがする。立っていられず無様に倒れ込んでしまうくらいに。
「脳が揺れるように打ったから暫く立てないよ。
そうだ、最後に二つ教えておこう」
オレの耳元に寄せられる口。囁かれる言葉。
「糸掛たちの記憶を消したのは『ガロア』だよ」
「――⁉」
痺れる脳に溶け込んでくる言葉。驚愕に染まる心。
ガロアが? オレと石見の魔法の先生、ガロアがだって?
ガロアがやった……と言う事は。
オレたちから『苦痛』を取り除く為。
「少し希望が見えたかな?
“心樋”は――消えてしまったか。魔法士たちによる捕獲は失敗したらしい。
頼むよ糸掛。“心樋”をうまく懐柔してくれ。
俺たちが篝火を取り戻す為に。
ではもう一つ。
俺の名前。『ユーリア』だ。
よろしく」