第02話 私たちが人形を倒せば――
「ハッピーバースデイ・ダウングレードワールド!」
花火が上がった。
オレのツレである女の両手から。ド派手に、カラフルに、空高く。
黒い短髪の下、オレの紅い眼にも花火が映っているだろう。
世界が一変して一年。
どう言う基準で残るモノと消滅するモノが分けられているのか、科学技術の大半が消え去ったこの世界でも残っている技術がいくらかあった。
まず車について言っておこうか。
単純に言えば八割が消えた。二割は残った。
オレの運転する四輪駆動車なんてもうレア中のレアだ。今までどれだけの人間に奪われそうになったか。これお幾ら万円したと思ってんだ。奪われてたまるか。
「ほらほら糸掛。
キミも祝おうよ!」
道路を造っていたアスファルトがガラスになったものだから壊さないように、滑らないようにとゆっくり進む四輪駆動車、その助手席で女は風に負けないように声を張り上げる。バンザイ状態の両手からは尚も花火が打ち上がっていた。
「石見、あまりはしゃぐと落ちる! 注目される! 笑われる!」
いや実際もう通行人に笑われているが。
「いやー笑われているのはこんないかつい車なのにゆっくり進んでるからじゃん?」
「しようがないだろ? 道路、ガラスだぞ?」
「うん見事な枯山水だ」
ガラスの中に閉じ込められている枯山水を覗き込みながら、石見。
ちょっとマジ落ちるぞ。
髪を必死に抑えている姿は可愛いんだけどさ。
「せめて歩道と車道の素材が入れ替わってくれたらもう少しスピード出せるんだけどな」
歩道はなにで出来ているのかと訊かれると、木である。ただし色は黒い。これまた見事な絵が描かれているが。あれだ、おせち料理が入っている重箱、あれの歩道版を想像してくれたら良い。
「でもそれだと今度は画を消さないように、とかならない?」
「あーなるかも」
この日本は大きく変わってしまった。
変わってしまったが、ふんだんに和のテイストは残されている。それもかなり美しく。
こう言ったら怒られるかもだがオレはこの変わった世界を気に入っていたりする。
例えそこが魔法の世界であっても。
「あ、きれちゃった」
ポンポンと打ち上がっていた花火が途切れた。石見の両手にあった『魔法石』がため込んでいた魔力を全て使い切ってしまったのだ。
「えっと他の魔法石はっと」
無邪気な子である。可愛いなこの。
「あまりムダ遣いするなよ、魔法石、高いし魔力の補充も時間かかるんだから」
人の心と精神力、通称『魔力』に反応して火や水や光を発する魔法石。魔法石自体に込められた魔力と魔法士の魔力二つで起動する奇跡の術・魔法。この世界に現れた魔法石は数こそ多いものの純度の高いモノは発見自体がレアで高値がつけられている。オレたちのような『少女を追い、人形を相手取る』人間が使うのは高純度のモノだ。
つまり、懐がかなり厳しいわけで。
「今使わないでいつ使うのさ」
「なぜに真面目な顔なのか」
この石見、これと言った道具を介さずに魔法石を行使出来る魔法士であるのだが、お調子者であるのが玉にキズ。
因みにオレは運転席の横に置いてある魔法具の一種、銃を介して魔法石に魔力を流し込み魔法(正確に言うならば魔力の込められた弾)を使う準魔法士だ。魔力量が魔法士より格段に劣り、魔法具によって支えられる存在である。
オレの銃は弓のように大きく鋼鉄で、石見からは重兵装と良くからかわれる。
だがこれで良いのだ。
重兵装、巨大武器、それは男の憧れであるからして。
どうしてって? カッコイイからさ。
勿論これを持つ事で生まれる責任も理解している。
「いつ人形が出てくるか解らないんだ。魔法石は大切に」
「はーい」
本当に解っているんだろうかこの子は……。まあ笑っている顔は可愛いんだけどね。
「でもさ糸掛、ここら辺には“人形”の目撃情報はないんだよね」
言いながらデジタルファイルを広げる石見。ワールド・ダウングレードでの消滅を免れた腕輪型のデジタルガジェット『縁』によって表示されているウィンドウにはこれまでに確認されたものの討伐されていない人形の情報と懸賞金が記されている。
「まあな。
けどどの人形にも必ず最初の出現地があるわけで」
「ここがそうなる可能性もあるって話ね?」
「そ」
加えて言うなら確認済みの人形が狩り場を変えるパターンだってあり得る。
今オレたちのいる中国地方は比較的安全地帯ではあるが東京や大阪と言った大都市圏では毎日のように人形が現れ、人間から心を奪っていく。
魂ではない、心だ。
少女の連れていたチャーミングとは容姿こそ大きく異なるが動く人形『グリム』は人間の心を奪い、活きているはずの人間を物言わぬ、動かぬ人の形をしたモノに変えてしまう。
あ、赤信号だ。
ルールを守って車を停めて左を見る。
横断歩道を渡る人を見たつもりだったが中規模な病院が目に入った。六階建ての病院で、横よりも縦に長い。ここにもきっといるのだろう、心を奪われた人たちが。
「私たちが人形を倒せば――」
声に、石見に向き直ると彼女も同じ病院を見ていた。先程までのはしゃぎっぷりはどこにいったのか、神妙な表情。うん、かっこかわいい。
「私たちが人形を倒せば奪われた心は戻ってくるんだよね」
「ああ、そうだ」
オレは胸につけている徽章に触れる。服こそ自由だがつけている徽章は石見と同じモノ。オレたちの身分を表すその徽章は人形討伐の為に組まれた組織の一つ『日雷』の一人である証明。日本に属する国家運営組織だ。
ライセンスを持たない野良でも良いのだが理念の一致する組織に属していた方がやりやすいし心強い。銃弾の補充も安く行えるし、仲間の存在は支えにもなる。
この徽章に誓いを立て、オレたちは人の心を取り戻す戦いを全国で行うのだ。
「まあ、奪われる前に倒すのがベストなんだけどな」
青信号になった。アクセルを踏む足に力をいれ、前へ。
言い忘れていた。オレは今十七歳。石見は一つ下の十六歳。元々あったルールでは車の免許は取れないのだが『日雷』のコネ――じゃない特別権限で運転を許可されている。
当然テストはあった。オレも石見もそれをクリアし、希少なこの車を購入したわけだ。五千万以上したよ。命をかける職だから『日雷』の給料は悪くないがそれでもローン地獄である。移動するには電車よりも車と思ったから買ったのだが、自分の決断だったのだが、便利ではあるのだが、地味に痛い。
「ねえ糸掛?」
「うん?」
ふと、気づいたら石見の顔がオレの顔の真横にあった。近い。唇を耳に寄せられている。
なんだなんだどうした幼馴染とは言え距離が近いぞほぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
「お腹空いた」
「艶っぽく言うな!」
惚れちまうだろ? 惚れてんだけど。