第19話 チャーミングと共にいる少女“心樋”はキミの――
驚きながらオレは部屋の外に出る。『レディ・ポイズン』を持って行くのも忘れない。ガジェットが没収されていなければ石見に連絡をとっていたところだがないので合流は難しいか?
いや、知らせる手段はあるか。『家』の外で大きな音を出せば良いのだ。時間外の活動は認められていないが多少罰を受けてでも行動しなければ。
そう思って玄関のドアに手をかける。
―――――――――――――――――開かなかった。
「鍵かかってるし!」
「出ない方が良いよ。すぐに魔法士が動くから」
ドアをぶっ飛ばそうかと銃口を向けたところで声をかけられた。知った声だ。だからこそオレは振り返り様に銃を構えて。
「おっと」
しかし、その銃口にピタリと別の銃口が重なった。これもまた知った銃だった。
『レイ・ガン』。
島にハンターとして放たれているSグリムが持っているモノだ。
長身、髪はシルバーのウルフカット、シャトルーズグリーンの眼、予想以上に整った顔立ち――そうか、こいつがそうか。
「……正体晒して問題ないのか?」
「夕食からゴーグル外しているんだ。みんなそうしているだろう?」
確かに。オレもそうだ。だがオレとは事情が違うだろう? それともまさか。
「オレを殺せば問題ない、か?」
「やだな人をシリアルキラーみたいに。グリムは人を殺さないだろ?」
「お前殺してただろ」
「礼儀って大切だよね?」
大切だが、礼儀がなっていないを理由に殺すやつなんて狂っているだろう。
「なにか勘違いしているようだけど、グリムは完全悪じゃないよ?」
「それはそっちの常識に照らし合わせれば、だろう? 人の常識だと人の心を喰っていくグリムは受け入れ難いんだよ」
「グリム側に紛れ込んで来たあの少女、彼女を人間がムリに俺たちの世界に送り込んだとしても?」
「……なに?」
一瞬の思考停止。次いで即座に言葉を吟味する。
人間が――送り込んだ、だって?
誰が? なんの為に?
「チャーミングは命がけで少女を元の世界に帰しただけさ。グリムの太陽である篝火を盗んだ少女を。あの篝火は子供たちを照らす光だ。
本を読み子供たちは考える。
『あのキャラクターはどんなに幸せだっただろう?』
『どうして死ななきゃいけなかったんだろう?』
考え、想いをはせる子供たちを照らす光。なくなれば子供たちの想いは閉ざされる。
照らされて出来る影がグリム。子供たちの願いの影としてグリムが生み落とされる。
グリムはグリムの世界で幸せだった。子供たちから送られてくる願いを主食に幸せだった。
なのに! グリムの世界【メルヒェン・ヴェルト】を知った人間はグリムから光を奪う決定を下した!
だけれど篝火の檻はこの世界に適応出来ずに壊れ、世界を焼いた。
解る? 【メルヒェン・ヴェルト】は篝火の元に存在する。グリムがこちらに出現したのは篝火がこちらに浸透してしまったからさ。
【メルヒェン・ヴェルト】はこの世界と融合してしまったんだ。
それでも人間を理解しようと心を求めた。
そんなグリムを人は――
グリムの怒りは相当なモノだけど、全部人間の自業自得」
「ちょっと待て!」
怒声をあげる、オレ。こいつの話を脳内で再生し吟味しながらだ。こいつが真実を語っているかは判断出来ないが熟考する必要はあるだろう。
熟考し、誰かに伝え、事の真偽と正誤を確認する必要がある。
しかしそれよりも気になる内容があるのだ。
こいつは、どうして。
「なんでそれをオレに話す?」
「やっぱり覚えてないんだね」
少し、グリムの表情に影が差した。
がっかりされた、のか?
「なにを?」
覚えていないと?
「チャーミングと共にいる少女“心樋”はキミの妹だと言うのに」
――⁉
目を瞠る。困惑に目を瞠る。驚愕に目を瞠る。
バカな、オレに妹はいない。兄弟は一人もいない、両親も最早おらずだから産めるはずもなく、オレは一人っ子のはずだ。
「可哀想な糸掛。記憶を改竄された可哀想な糸掛。キミの恋人の石見もそうさ。都合良く記憶を改竄されてなにも知らずに育ってしまって。
俺が記憶を戻してあげるよ」
グリムの手がオレの額に伸びる。素早くて止められずにむざむざと掴まれて――轟音。
「「――⁉」」
なにかがオレとグリムの間を行き過ぎた。
ガラスの割れる音がする。壁が砕ける音がする。
今の一撃は?
「ずいぶん興味深い話してんじゃねーか」
グリムと距離を取り顔を向けたその先にいたのは、
「カノ、フォゼ」
この島で唯一オレと交流のある罪人、その二人組だった。
今のはフォゼの『タシターン』ではない。なによりカノがこちらに銃口を向けているからカノが放った一撃だろう。
「色々訊きたいが」
京紫色の巨銃をグリムに向けるカノ。
「とりあえずこれだけ確認だ。
ギフト、そいつはSグリムで良いな?」
「……ああ」
再び轟く音。カノが第二射を撃ったのだ。
しかしグリムは自身の銃『レイ・ガン』の銃身を盾代わりに銃弾を弾く。床に落ちた銃弾を見ると弾と言うよりは杭に似た形をしていた。
「『ブリンク』――なんかに遮られねぇ限り永遠に速度を増していくって代物だ」
「この狭い距離で使うならただの銃弾と差はないね」
グリムの言葉にカノの片眉が跳ねる。
「良い見立てじゃないか。
けどな、こいつは魔法具。マインの心と精神で――」
三度構えられる銃。
「初速から音速こえっぞ!」
『ブリンク』が撃たれ――なかった。しかし銃声は響いた。カノの少し後ろにいたフォゼが姉の肩越しに『タシターン』を撃ったのだ。
『ブリンク』の一撃を弾くべく『レイ・ガン』を構えていたグリム、その銃身に『タシターン』の銃弾が当たり周辺の酸素が奪われる。
「――っつ!」
グリムは急ぎ後ろに跳躍。だが。
「ムダですよ、無酸素空間は着弾した物体からずれない。おれが指示を出さない限りです」
下位グリムは心がなければ呼吸機能もない。一方で人間に近づき過ぎたSは人間と同じ呼吸を必要とする。だから『タシターン』ならば窒息死させられるだろう。
グリムがなにもしなければ。
「削除」
「「「――⁉」」」
グリムの口から出た言霊。
今のは高位魔法! 高位魔法だって⁉
「無酸素空間が……消えた!」