第17話 ……や……この殺戮の島でお礼をもらったの初めてなんで
これは⁉
慌てて瞼を落とすがもう遅い。閃光はオレたちの目を焼いて一時的に視覚が効かなくなる。
「『フェイザー』! ヤロウの持つ標的――人間――を一時的に失明させる非致死性対人レーザーライフルだ!」
目をやられた。
耳は平気。
鼻も平気。
口も平気。
けどこっちは特殊能力なんてないただの人間だ。視覚を失っては敵の狙撃位置は勿論接近にすら気づけない。
ゴーグルだって最低限の情報をくれるだけで、それは目で見て初めて得られる。脳に直接映像を送ってくれるわけではないのだ。
つまり――ピンチ。……いや、そうでもないか?
「二人に確認、持って良い銃は一人一丁で間違いなかったよな?」
「ああ」
「そうですね。
ん? となると……」
総元締めの持つ銃は『フェイザー』一つ。オレたちを即死させられる銃ではない。
「甘いぜギフト。やつが一人で行動しているとは限らねぇ」
「……本当にそう思っているか?」
「念の為の考えさ」
これまで総元締めが見つかっていないのはやつについての情報をもらす人間がいなかったからだ。カノたちの話によると島外では仲間と共に行動していた。そしてそれが原因で居場所がバレ、逮捕に至った。
そんな過去を持つ人間が再び仲間を集めるか?
「こうして思いを巡らせられると言う事は追撃はないようですね」
「ああ……でもまだ視力は戻ってねぇ。動けない」
果たして仲間はなしか、それとも温存しているだけか。
時間だけが、過ぎていく。
「良いか? これから視力が回復するまでだんまりだぜ。一つの音も訊き逃すな」
「うん」
「解った」
緊張が続く。暑さのせいもあるのだろうが額から頬に汗が流れた。
鳥の鳴き声と蝉の鳴き声が訊こえる。
立っているだけで疲弊していく状況が続くのはまずいな。
……? 流石に……暑すぎないか?
ふと昔やったキャンプファイヤーの様子が頭に浮かんだ。そうだ、あの時の炎に近づいた感覚。それに似ているんだ。
「まさか⁉」
瞼を持ち上げる。だがまだ見えない。
「オイ声出すなって」
「そんな場合じゃない! 火を放たれている!」
「「――⁉」」
銃は一丁、それは厳守すべきルール。けどそれ以外を持ってはいけないと言われていない。
『フェイザー』でオレたちを殺せないなら別の方法で殺せば良いだけだ。
「冗談だろ⁉」
「多分マジだよ姉さん。この熱はどう考えても夏だからで納得出来るモノじゃない」
白んだ視界が徐々に戻ってくる。ゆっくりではあるがまず白に灰色が混ざり、モノクロの世界に色がついていく。
燃えているのは、入り口と、遊具の全てだ。
「塀も焼かれているよ」
「入り口の門も崩れてやがるな」
つまり、この廃遊園地から出る術がない。
「いいやそうでもないぜ。
フォゼ」
「はいな」
肩に下げていた銃を手に取るフォゼ。オレはこの二人の銃の性能を知らない。教えてくれなかったからだ。総元締めに銃の性能が伝わらないようにほとんどの人間に教えていない、或いは知った敵を確実に殺して来た、だそうだ。
だが。
「大丈夫ですおれが静めます」
これでフォゼの銃についての情報は総元締めに伝わるだろう。命には代えられないと言うところか。
「二人大きく呼吸してください。吸ったら止めて」
オレとカノ、それにフォゼもまず吐いて、出来る限り大きく吸い、止める。
水色の銃口が崩れて燃える入り口に向けられて、撃たれた。ボシュ、と言う鈍い音。予想外に遅い弾速。小さな缶に似た筒状の弾が飛んでいき――
――――――――――――――――――――――――――――――――ボっ!
入り口付近の炎が霧散して消えた。
呼吸を止めたまますぐにオレたちは駆け出して瓦礫を超える。
良し、脱出成功。それでもカノとフォゼは走りを止めなかったからオレもそれに続く。
呼吸なしの全力疾走ってかなりきついな……。
「これだけ離れればOKです。息して良いですよ」
大体百メートルくらい離れただろうか。そこでようやくフォゼからの了承を得られた。
口から大きく呼吸を二度。大きかった呼吸は徐々に通常のそれへと変わっていき、落ちついたところで廃遊園地に向けて振り返る。そこでは一度は消火された入り口に火が移っていて、同じく燃える塀のおかげで中の様子が確認出来なかった。
「フォゼの銃って?」
「一定範囲の酸素を奪うモノです。心を得て人間に近づいた対グリム用・対人用・消火用に使うみたいですよ。今のは威力の小さなモノでしたが魔力を強く込めれば走って逃げられないくらいの範囲を攻撃出来ます」
「名前は『タシターン』だ!」
なぜ、カノが胸を張って言うのか。ない胸を。
「オイ今、失礼な事考えなかったか?」
「気のせいだ」
それにしても、酸素を奪う、か。多勢の人間を一度に仕留められる点を考えればオレの『レディ・ポイズン』よりも残酷だな。それを『タシターン』=寡黙と名づけるとは。名づけの親はこれをかっこいいとでも思っている――んだろうな。
「これでフォゼの『タシターン』を総元締めは理解しちまった。次は火なんて生易しいモンじゃないぞ」
「それじゃ、追うの止める姉さん?」
「はっ! まさか!」
口角を斜め上にあげる。
「ぶっ殺しがいがあるってもんだ!」
はい、悪役面。どっちが正しいのか解ったもんじゃない。……いや、この島に正義なんてないのかもな。
「日も沈んだ。帰ろう」
オレたちの『家』に。
「総元締めが後ろにいるんだろう事を考えると楽しい家路じゃねーな」
「後ろじゃないかも知れないよ。火を放ってすぐ退いた可能性もあるし、そもそも着火が自動で行われた可能性も――」
「フォゼ、うっさい」
「…………え~」
フォゼのおかげで助かったと言うのにこの子は……。
オレは呆れながらも歩を進め――あ、そう言えば。
「礼言ってなかった。助かったよ、ありがとうフォゼ」
「「……」」
おや? 二人揃って目を瞠っている。おかしな言葉でも言っただろうか?
「……や……この殺戮の島でお礼をもらったの初めてなんで」
「場にそぐわねぇよ。お前ホントにレイパーか?」
苦笑した。どうやらオレはレイパー役をこなせないらしい。
「ム所でよっぽど後悔したらしいな。聖書にでも感化されたか?」
「……聖書じゃないさ」
オレに影響を与えている人がいるとするなら、神でも天使でもない、石見だ。
……逢いたいな。