第12話 ……嘘だろ
◇
「はッ! はッ!」
暑い。いやいっそ熱いと表現しても良い。
空気が熱い。地面が熱い。体が熱い。息が熱い。
それらを焦がすのは太陽だ。夏の太陽は煌々燦燦と輝いていて熱波をこの島に届けている。
え? お前誰でそこどこだって?
オレはギフト。ギフト・イヴェント。贈り物のイベント。或いは毒のイベント。
パッと浮かんだのがこの名であるのだが、ふざけた名前だな……。本名は糸掛だが今は潜入中なんであしからず。
この島は『ロスト・パラベラム』――別名『ゴミ山(蔑称)』。異常気象が頻繁に起こるこのダウングレードワールドでも常夏を保っているハワイに匹敵する熱気の島だ。
「はッ! はッ!」
そんな海水にでも浸かりたい島でオレは駆けている。情けなくも逃げているのだ。
ちくしょう。
体中を伝う汗が肌と服をひっつけて洒落にならない気持ち悪さを演出する。
「うわ⁉」
不注意だった。足元に『それ』が転がっているのにも気づかずに踏んづけて、派手に転んでしまった。なにもないところで転んだわけじゃないから災難として欲しい。
コロコロと足元に転がっているのは――金色に輝く空の薬莢。火薬の匂いがする本物の薬莢は軍事マニアの中で重宝され、軽いプレゼントとしても機能すると言うが残念ながらこれは火薬ではなく魔力によって動作する魔法具・銃に使われていたモノである。
どうだ? こいつが転がっていたんだから転んでもしようがないだろう?
オレがマヌケなわけじゃないのさ。
「掃除係はなにしてんだよ!」
そんな風に毒づきながらオレは倒れたまま横に転がる。またもなにかを踏みつけた、なんて話ではない。立つ時間を惜しんで樹々の間に隠れたのだ。
「――!」
その瞬間に鳴り響く、銃声一つ。
飛んで来た『それ』はオレが隠れている樹の幹にあたって穴を開ける。
危な……。
「いっ⁉」
一息つこうとしたら銃声の嵐。
樹の幹に次々と開いていく穴。
居場所は確実にバレている。この樹だってそんなに太くない。だから銃弾を浴び続ければいずれは折れる。
……使うか? こいつ。
オレは自分の手の中にある銃を見る。オレの本来の愛銃『ギフト・バレット』に匹敵する重兵装。手で撫でてみるとこの暑い中にあってひんやりとしていた。冷たいのはオレがまだこいつを使用していないからだ。
このままではじり貧。
……使う。使うんだ。
オレは樹の陰から銃身だけを出して、撃った。
正確な狙いはつけていない。オレが、オレたちがつけているゴーグルは性能が良くて銃弾の軌道から撃っているやつの居場所を間違いなく割り出しているがあいにくオレはこいつ――ゴーグル――を手にして日が浅すぎる。扱いに慣れていない、ぶっちゃけ下手ってやつだ。だがこの銃なら下手な腕前を補ってくれる。
オレが撃った銃弾は『敵』の足元に着弾し――悪臭をふりまいた。
「……っ⁉」
『敵』が悪臭を吸わぬよう口元と鼻をおさえる。けれどもそいつは悶え始める。
ゴーグルを取って目を擦っている。その目からは、耳からは、鼻からは、口からは血が出ている。
どさり。
倒れ込む『敵』。
「……くそ」
自分の未熟さに声が出る。
また殺してしまった。
いや、銃に助けられたと言った方が良いのか?
『レディ・ポイズン』――致死性、腐食性、あらゆる毒の込められた銃弾を撃つ毒の銃だ。
二藍色のこの銃だがまだ世界に出回ってはいない。効果をここで実験中の状態だから。
ここは、新型魔法具・銃の実験場。
世界中の政府がスポンサーについている島。死んでも構わない死刑囚と危険思想者でくり拡げられる殺戮の島。
『ロスト・パラベラム』――別名『ゴミ山(蔑称)』。ゴミってのはオレたちな。
まあオレはここから卒業する銃を迎えに来ているだけだが。ただその肝心な卒業生がどの銃なのか教えられていない。
これはオレが準魔法士で居続ける為のテストでもあるから。
魔法具を介してしか魔法石を、魔法を使用出来ない準魔法士は定期的にグリム戦に送り出しても良いかのバトルテストを受ける必要があって、その中でもこの島で繰り広げられるテストはレベルが高く、その分次のテストまでの期間が長い。保証期間アップ。テストが先伸びするなんて素晴らしい。
だからオレはここにおいで言われた時に卒業生の見極めも含め「ついでにテストして」と上役に希望を出した。場所が場所だけにもの凄くしぶられたが最終的にゴーサインが出て、今に至る。
だが甘かった。ここの酷さをもっと考えるべきだった。
初めて人を殺したのは入島してわずか五分後。その時持っていた銃は初めに与えられるただの護身用の拳銃だったが、一緒に上陸した囚人に撃たれそうになったから反射的に撃ったのだ。
反動は思ったよりも重くて、流れる血は思ったよりも緩やかで、漂う匂いは思ったよりも鉄臭くて、オレは吐いた。細い神経だ。
「……銃弾の補填、しなきゃな」
『レディ・ポイズン』の銃弾は一つ一つが重い。だから持てる数には限度がある。
『ギフト・バレット』であれば石見が作ってくれた亜空間にたんまり銃弾ストックがあるのだが『レディ・ポイズン』は違う。
右の方を見ると陽光を受けて輝く『山』があって、そこまで行かなければならない。『山』となっているのは空薬莢で、その周りには殺傷禁止区域であるオレたちの『家』があるのだ。そこには様々な新型銃が隠されていて、見つけた銃が手持ちの相棒となる。因みに一人一丁しか持ってはいけないルール。
で、だ。銃弾はそこでしか補給してもらえないから――
「行くか」
生き抜くには戻るしかない。
その時、軽い、すごく軽い音がした。パスって感じ。
「……嘘だろ」
腹の右側が痛い。
手をあててみると赤黒い血がべっとりとついた。
膝が折れた。折れて、顔から地面につっぷした。
呼吸がまともに出来ない。
ああ……やばいなこれ……。
どうやら追撃はないようだが、それは安心出来る話ではない。きっと撃ったやつは今頃笑っている。笑って眺めている。ワザととどめを刺さずに苦しむサマを眺めているのだ。
くそ……くそ……。
死にたくないな。ああ、死にたくない……。
「ギフトさん、ちょっと失礼しますね」
――え?
「ゲホ! ごぼっ!」
口になにかを突っ込まれて喉に溜まっていた血があふれ出た。呼吸が苦しかったのってこれのせいか。ただ血がなくなっても結局苦しいんだけど。
そう思っていると誰かが応急処置をして傷を塞いでくれた。
……医療団か……。
この島にいるのはオレたちだけではない。
治療を担当する医療団と、そのボディーガード。食事係に空の薬莢を集めてまわる掃除係等々。意外と人が多い。
担架に乗せられた。今から医療団の詰め所まで運ばれて適切な処置が始まるだろう。
殺し合いをさせていながらなぜ治療するのか。それは簡単だ。オレたちが簡単に死んだら実験にならないから。出来る限り生かして、使い倒す。そしてゴミのように棄てられるのだ。なんとも陰湿な事である。
あ、ちょっと眠い……と言うか気が遠くなってきた……。
少し、休むか……。