第104話 戻れ! エンリ!
「賭け?」
「余はこれから殺気の檻を解く。
その直後、エンリが誰をどう狙うかで対応を適切なモノに変えよう。
お前たちも適切に動くのだ。
これならばどちらにも得がある。
どうだ?」
「……」
賭けか。危険な賭けだ。
エンリは今、動けないとは言え御両親の恐怖と怒りに当てられて気が立っている。この上に自棄が加わったらまず間違いなく軍神ディアンへと向かって行くだろう。勝てないと本能で解っていても。
ただそれでも。
「分かりました」
軍神ディアンを抑えられる絶好の好機。受けざるを得ない、か。
「よろしい。みな、その配置で良いか?」
配置、は良くない。
集っている人みんな同じように思ったのかエンリから一定の距離を取り始める。オレも、石見も。そして誰が狙われても良いようにエンリへと獲物を向ける。軍神ディアンも、ヴィヴィも。
「では、解くぞ」
殺気の檻が――消えた。
「!」
途端動き出すエンリ。
彼女の目標に驚愕するオレたち。しかし誰よりも驚いたのは軍神ディアンのようだった。
なぜならエンリは、御両親の元へと駆けたから。
オイ殺すなよ!
その心配は杞憂に終わる。
だって、だって。エンリは御両親の前に陣取り、こちらを向き、あらゆる脅威から二人を護るよう身構えたから。先程まで感じていた殺気に怯えているのか震えながらだ。
狂っていても護る。
本能か、心か。
いずれにせよ彼女は御両親を護る道を選んだ。
グリムとなっても全てを超えて護ろうとしている。
彼女の行動にオレは衝撃を受けていた。
エンリの姿を見てなにも感じずにいられようか。
「糸掛?」
石見の驚愕。
誰もが立ち止まる中オレがエンリに銃口を向けたからだ。
エンリの中にいるグリムだけを撃つ。可能か? いや、やるのだ。
オレの決意とグリムに対する殺意を敵意ありと思ったのかエンリがオレに向けて動く。
右腕を大きく引いて突いて、空間を超えた爪がオレの胸へとめり込もうとする。
速い。だがこのトリガーだけは引かねばならない。ギリギリの勝負にな――
「!」
刃となっているエンリの右腕が止まった。
軍神ディアンが瞬時に動き、エンリの右腕を掴んで止めたからだ。握力に威力がありすぎればエンリの手首を砕いていただろう。そうならないように制御された絶妙な止め方だ。
オレの指がトリガーを引く。反動に負けぬよう力強く踏まれた地は凹み、放たれた銃弾はエンリの胸の中心に接触し――炸裂する。
「礼を言います軍神ディアン!」
もう一つ、叫ぶ事がある。
「戻って来いエンリ!」
魂と言うモノが死後どこにどんな状態でいるのかは解らない。
とっくに霧散しているのかもしれないし、彷徨っているのかもしれない。
だけどもし、オレがグリムだけ討つのに成功しエンリの体が“空”になれば、再び定着するかもだ。
エンリの左足が動いた。空間を抉ってオレを蹴打で切るつもりだ。オレの姿勢制御は間に合わない。
ダメか!
蹴打が撃たれ、石見の魔法で盾が作られ、しかしエンリの足は盾に触れる事さえなかった。
エンリの御両親が娘の体にしがみついて止めたからだ。エンリの全身はバトルオーラに包まれている。触れれば傷つく程戦闘に特化したオーラに。けれどもそんなの構わないと言うようにエンリを抑え込んだ。
まだ、ダメじゃない。諦めるなよオレ。
なにも出来ない――そんな自分を叱咤しろ。
「戻れ! エンリ!」




