第10話 近々大きな魔法祭があるみたいだよ
◇
唄が聴こえる。
少女の綺麗な声。
少年の澄んだ声。
瞼の裏にまで溶け込んで来る陽の光を感じてオレはゆっくりと目を開けた。
「……朝」
昨日オレたちは魔法学校の校舎にある客室に招かれた。ちょっと苦かったお茶。でも癖になるお茶を出されて軽く夕食を摂って、ベッドで眠る石見のそばにあるソファベッドにてオレは丸まり眠りに落ちた(お客用のベッドが一つしかなかった)。
「おはよー糸掛。
もうちょっと遅かったら熱湯を浴びせていたよ」
「寝起きドッキリ⁉」
朝から元気な石見。危うくひどい目覚め方をするところだったらしい。
「冗談だよ」
「目が邪悪に染まっているよ⁉」
そんなオレたちを他所に校舎に響く歌声。オレはそれを聴きながら寝ぼけ眼を手でこすり大きくあくびを一つ。
賑やかな朝だ。
まあ、こんな朝も悪くは――
「はい。お茶どうぞ」
「ありがとう石見」
ごくっと喉に流して飲み込むオレ。
「あつ―――――――――――――い!」
それはお茶ではなく熱湯で。
悪い。こんな朝は絶対に悪い。
「ちょっと石見!」
「うふふ。目、覚めたでしょ」
「覚めたけどね⁉」
って。
「ちょっ石見待った! 待った石見!」
「え?」
「なんで着替えようとしてんだ?」
寝間着であるパジャマのボタンを外していた石見。まだ薄い胸がちょいと見えてオレは慌てて目を逸らす。
「なんでって……普通朝着替えるでしょ?」
「いとことは言えオレを意識するべきだ」
「……あははは。なぁに照れてるの?」
「そりゃそうだよ!」
オレは雄であるからして。
「んじゃそっち向いてて」
「まったく……」
少しは意識して欲しいものである。
「――で、この唄は?」
着替えを終えて、石見はオレの横に立ち窓から外を眺める。
「生徒さんたちが唄っているみたい」
心地良さそうに目を閉じる石見。確かにどこか安心する唄である。
「朝から?」
「昨日糸掛が眠った後に校長先生から訊いた話だと近々大きな魔法祭があるみたいだよ」
魔法祭。
大気中に分散している魔力をかき集めて新緑の芽生えと自然の浄化を行う祭りだ。
「へぇ、ここはやるんだ」
「ここでやるのは二度目だって」
世界の殆どの国はやらないと公言している。
理由『今そんな場合ではない』。
ワールド・ダウングレードからまだ一年、気持ちは解るけれど自然への感謝も大切だと思うよ、うん。
「日本は八百万の国だから」
日本の神道ではあらゆるモノに魂が宿ると謂われている。人にも、動物にも、炎にも、水にも、建物にも、当然草や葉、樹々にもだ。
日本人であり、自然との調和を図る魔法士である以上ここで大切に行われていても不思議はない。
「願いの唄、か」
「うん」
オレたちは揃って客室から出て、声のする方に歩き出した。どうやら講堂の方で唄っているらしい。
講堂についたオレたちは邪魔をしないように窓からそっと中を覗いてみた。
生徒の大半が唄っていて、一人がオルガン。もう一人が生徒たちの間を縫って魔法円を描いている。その生徒には見覚えが。
「確かオカリナ――だったかな」
『記述』と言う魔法具を使う少女だ。そっか、画を扱う彼女なら魔法円の画家に相応しい。
と、そんな彼女と目が合った。オカリナはこっちに向けて手を振って――魔法円が崩れて暴走した。
「うぉう⁉」
講堂は木造りで、その木が生き返って枝を伸ばして花や葉をつけだしたのだ。
あらら、邪魔をしてしまったな。
「静かに」
バツの悪くなった石見は騒ぎになっている講堂に入って暴走をまず止める。
次いでオレたちもオカリナの横に並んで教師たちの叱咤を黙って受けた。
懐かしいわこの光景。
トンテンカントンテンカン。
釘を打つ音がする。
台本を読む声がする。
合唱する唄が聴こえる。
魔法を唱える台詞が届く。
魔法祭まで、あと、十日。
そして十日が経過し。
「いよいよ、だな」
歌が聴こえる。
唄が響く。
魔法祭当日。
校庭にズラリと並び円を描く生徒たちの様子をオレたちは屋上から眺めている。
白い粉に似た光の奔流が拡がり、樹々に石に土に空気に染みていく。
光は更に拡がり、反響し、村から街へ、街から国へと拡がって。
優しいのに力強い。
オレは光を浴びながら目を閉じた。
この光を全身に溶け込ませようと集中する。
石見がオレの手を握ってきた。
いつも優しく柔らかな石見の手が今日は一段と優しく感じられる。
さて、メインイベントである『浄化』と『感謝』が終わり、学校はお祭りムードへと一転。
「どっから周る、糸掛?」
古き良き文化祭を彷彿とさせるサブイベントへと移ったのだ。
サブではあるのだが生徒たちはこちらの方が盛り上がっていたりする。
出店に展示に音楽ライブに芝居に。
そこに親御さんたちも招かれて、オレたちも混ざった。
これが終わったらオレたちは一旦スゥさんの家へと戻る。一連の流れを報告し、精錬されているだろう魔法石を受けとり、再び旅へと出る為に。
その為に、たっぷり英気を養おうと思う。




