8話 協力
滴が相沢の膨らんだ手に垂れると轟音と相沢の悲鳴が鳴り響く。
直接滴を受けた箇所は広い範囲で手や腕に痣を作り、通常曲がってはいけない方向にへし曲がる。
そして弾けた水飛沫はまるで弾丸のように飛び、Cグループの受験生達はそれをもろに受ける。
命に別状はないが、自動回復が間に合わない程のダメージを負っている。
さっきまでの押せ押せムードが嘘みたいに感じる程辺りは静けさに包まれる。
「ここの受験生だから死ぬ事はないって思ってたけど、予想以上にダメージが入ったね」
「そうだな。全く……。直接受けた奴はしょうがないとして弾けた後の飛沫だけで倒れるのはどうなんだろうな?お前の言う通りいきなり使わなくて良かったわ。あそこで使ってたら多分Bグループの連中も同じような状態になってたからな」
「『ティアドロップ』を受けて残ってるのなんてあのAグループの女の人、それに僕と……そこでまだ立ち上がろうとしてる相沢君くらいじゃないかな?」
藤の友人が冷やかな視線で相沢を見つめる。
こいつ腰が低くて一見弱そうだけど藤とつるんだり今の『ティアドロップ』の飛沫を素手で防ぐあたり相当な実力者。
人は見かけによらないっていうのはまさにこの事を言うんだな。
「く、俺は、俺はまだやれる……」
「自動回復が間に合ってない。ほっといて悪化する前に札を折ってちゃんと手当てしてもらいな。ただの雑魚だと思ってたけど、根性あんじゃん。素行の悪さを直して来年また受ければ?」
「素行の悪さは藤君も負けてないけど――」
「……俺の家は驚く程貧乏。来年受ける金どころか明日の飯だって怪しい。だから、ここ1回。絶対俺は受かってここを卒業して事務所に所属して……母さん達が毎日腹一杯になれる、そんな生活を手に入れてやるんだよおおおおおっ!!『ギガントスタンプ、アンクル』!!」
相沢は雄叫びを上げながら脚を蹴り出して足だけを極限までデカく膨らませた。
その反動なのか、相沢の顔は痩せこけて腕も驚く程細くなる。
誰が見てもこれが相沢の渾身の一撃。その姿からは家族の為に受かりたいという想いが伝わってくる。
もしかしたら普段悪ぶったりしてるのは貧乏な自分を舐めるような人間が生まれない様にする為なのかも……。
そうであっても短気なのは嫌だし、友達にはなれそうもないけど……。
「同じグループだから協力するのはおかしくないよな?」
俺は『ワイドバリア』を解除して相沢の後ろに急いで移動する。
そして相沢ごと一撃を避けようとしていた藤達を『グラビティバリア』で吸引する。
「な、なんだこれ!? 身体が吸い寄せられる!」
「後ろの奴!? きっと攻撃力1のあいつの仕業だ!まさかさっきの『ティアドロップ』もこのバリアで?」
「やっぱり……。こういうイレギュラーな奴が1番注意しないといけないんだよ。ちっ。あのデカいのを受け止めるのは言葉通り骨が折れるぞ」
藤の舌打ちが響く。
この状況には流石に苛立ちが隠せないようだ。最悪の場合相沢の一撃が当たってもダメージを負わせられないと考えていただけに、藤の反応は俺にとっても相沢にとっても嬉しい報告になった。
「喰らぇえええええええええええっ!!」
「くっ! 落ちる前にお前を倒す! 『ティアドロップ』!!」
相沢の踵が落ちるのと同時に再び『ティアドロップ』が発動される。
藤の額に汗が見えるが、これ程の大技となるとMPの消費もデカいのだろう。
「『ワイドバリア』」
「なっ!? 2つ同時にだと!」
俺は『ティアドロップ』が相沢に当たらないように滴が頭上に見えた瞬間それを遮る様にして藤達を『ワイドバリア』の中に入れた。
変幻自在に姿を変えられる『バリア』も持ち合わせているけど、あれはその都度MPを吸われてしまい、俺の今のレベルだとろくに使いこなせない。
部分的にバリアを張れないという中、頭上から降り注ぐようにして『ティアドロップ』を発動してしまったのはなんと言うか……。運がないな、藤。
「あ、が……」
「く、そが……」
「へ、へへ。やっとお見舞いしてやれた、ぜ。後は、頼んだ」
相沢のスキルが直撃すると3人は同時に地面に倒れ込み、自分の札を折るのだった。
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