男性の正体
玉房は迷わずにとあるマンションの一室の前に立った。
表札には『竪林』と書かれていた。
そういえば颯太の名字も同じ『竪林』だったな。
まさか本人じゃないよな、何て思いながらそこにいたらさっきほど上ってきた階段から足音が聞こえてきた。
「え?」
さっきまで真っ暗でほとんど見えていなかったので、何か似てるなぁくらいにしか思っていなかったが、今はマンションの廊下に備え付けられた灯りで男性の顔がはっきりと見えた。
そこにはだいぶ大人びた颯太にそっくりな人物が立っていた。
私は思わず口から出てしまった声を抑えるように口を両手で抑える。
その男性も同じようにこちらを見て驚いた表情を見せた。
「何でいるの」
その反応に玉房は気分を良くするのかと思えたのだが、何故か面白くなさそうに言った。
「うわぁ……本当にそっくりだね。俺と」
「本当だな。兄弟か?お前ら」
鵜羽は交互に2人を見ながら楽しんでいるが、私としては冷や汗ものだ。
まさか、颯太本人なのか?
「俺に兄弟いないの知ってるでしょうよ」
「そうなんだが…ここまで似てるとそう思いたくもなるだろ」
玉房と鵜羽は今までのやり取りをしているが、私としては先から手足が震えてならない。
まさか、まさか。
「………真央?」
小さく呟かれた声に体がびくつき、思わず視線を上げれば男性と視線があった。
真っ直ぐと見つめるその目には覚えがありすぎて、目から涙が出そうになる。
やっぱりこの男性は颯太だ、間違えなかった。
まさかまた会えるとは思わなかった。
私や涼音が居なくなってしまった後、どうしているのか気になってはいたが、こんな所で会えるなんて。
良かった、無事生きていた。
私が死んだ後、颯太は私のお墓に朝と夕に毎日お墓参りをするようになって前より何を考えているのか分からなくなったと涼音は言っていた。
まさか、さっき行っていたお墓は私のお墓だったりするのだろうか。
そんなことを思いながら後退りしていると、私の目の前に玉房が立った。
「この子は君の『真央』ではないよ」
冷えた声音でそう言うと、颯太は私から玉房へ視線を戻した。
「………そ。それより何の用?邪魔なんだけど」
「おや?困っているね。俺がどうにかしてあげようか?」
「あんたらがそこを退いて居なくなってくれたら俺はそれで良い」
「それは出来ない相談だな」
何やら玉房と颯太が言い合いのようなことを繰り広げ始めたとき、鵜羽からハンカチを渡された。
どうやら泣いてしまっていたようだ。
最近涙腺が脆くなってきているような気がする。
「ありがとう」
「いや、気にするな」
鵜羽は何故泣いているのか、『真央』とは誰のことなのかなど疑問が出そうなことを問わず、ただ側にいて2人の言い合いを見つめていた。
「はいはい、夜中にこれ以上騒がない。君、悪いんだけど、このまま廊下で話すわけにも行かないから中に入れてくれないか?」
2人の声が更に大きくなってきそうなタイミングで鵜羽は間に入り、そう言えば颯太は嫌々そうな顔を浮かべながら、持っていた鞄に手を入れた。
「………怪しい奴ら家に入れたくないんだが」
「そうしたらここで騒ぐぞ?」
「おい、狐……」
何て幼稚な嫌がらせだ。
鵜羽が本日何度目か分からないが、頭を抱えているぞ。
そういえば、人間界で本当の名前を呼んでしまったら人間と縁が結ばれてしまうので偽名で呼ぶ合うこととした。
玉房は狐。
鵜羽は翼。
私は碧である。
ちなみに先程颯太に『真央』と呼ばれたが、私の今の本名は翠であり、真央と言う人物は実在しないので縁は繋がっていない。
「騒がれるのと大人しく家に入れるのだったら後者の方が俺はオススメかな」
オススメとか言いながらそれ以外認めないような口調で玉房が言えば、颯太は呆れながら家の鍵を開けた。




