ミッシング・ギア
雨野虹は絶望していた。
特に命の危険にある訳ではない。特に変化のない日常から抜け出せずにいた。
毎日同じ時刻の電車に乗り会社に向かう。暗くなるまで働き仕事が終わると帰宅する。特にやりがいはなくただ時間と体力を浪費していく。この生活を抜け出したいと何度も夢見たが彼には勇気がなかった。知能がなかった。才能がなかった。
今日は帰り支度に手間取ってしまい終電を逃してしまったことに気づいた。いつも利用する駅前で雨野虹は仕方がなくタクシーを探す。いつもなら人通りのあるはずの場所であったがいつにもなく人気がなく静かであった。
静かどころか灯り一つなく真っ暗であった。真っ暗というか視界が奪われているといったほうが正しい。
「その命もらっていい?」
どこからとなく声がする。甲高くささやかな声だ。
「お前は誰だ。」
雨野虹は声の主に探りを入れる。
「どうせただの歯車だし。この世界もあなたがいなくなっても気にしないよ。」
「おい。」
自分でも自覚していることではあるが他人から指摘されると癪に障る。
「私に協力するならあなたに希望をあげる。その命私に預けて。」
雨野虹は自分が引っ張られているような感覚に襲われる。少し力を抜けば意識が遠のいていく。
意識を失う直前にかつていた恋人や友人を思い出そうとする。しかし、顔もよく思い出せないことに気づき、意識がこの世界から離れようとするのに抵抗する気も消え失せていた。