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まわりまわって  作者: 菅マイク
9/9

一章-9 はじめまして

「うおっ!」


 何か冷たいものが頬に当たった。咄嗟に両手で顔を守り、目を見開く。視界は見知らぬ少女の顔で埋め尽くされていた。俺の頭のすぐ横に座り込み、あと少ししたら鼻がくっついてしまいそうなほどの距離で、こちらを見つめている。


「なっ……うぇ?」


 目を合わせたまま少し顔を引く。頬に何が当たったのか確認するために手で触れた。そこには冷たい何かがあった。少女から視線をそらし、それを確認する。それは薄暗い中でもそのきめ細かさがわかるほどの、白く細い指だった。それが俺の頬にやさしく突き立てられている。

 飛び起きた原因はこれか、どうやら敵意はないらしい。お互い面食らって、目を合わせたまま固まってしまっていた。

 パチパチと松明の弾ける音が響く。他には何も聞こえないほどの静けさの中、先に口を開いたのは彼女だった。


「〜」


 もちろん何を言っているのかまったくわからない。わかることは声色と顔立ちから、おそらく16歳くらいの女の子だということだけ。

 勝手に顔がニヤついてしまう。


「あー、ははあ」


 言葉がわからないことを伝えるため、わざとらしく声で苦笑いをしてみせた。彼女は不思議そうにこちらを見つめる。この歳で喋れないなんて、大丈夫かコイツは? とでも言いたげだ。いやそれとも、案外珍しいことでもないのかもしれない。なんかこの辺、学校とかなさそうだし。偏見か。

 いや、そんなことよりもだ。なぜここまで見知らぬ男に顔を近づけていられるんだ。俺より年下だろうに、俺以上に異性慣れしている。嫉妬に似た感情を覚えながら、もう少し離れてほしいとジェスチャーで伝える。すると少女は大通り側に向かって後退りしてくれた。

 お互い立って向き合う。彼女に対する第一印象は、デカイだった。身長172cmの俺とほぼ変わらない。逆光になって服装はあまり良く見えない。適当に結わえられた髪が、ゆらゆらと赤い光を反射する。大通りにかけられた松明の炎だ。それは地面から2mほどの高さに設置されているのだが、それがぎりぎり地面を照らせるほどにまで弱くなっているのが見えた。

 なぜここで寝ていたのか?この子は知らない男である俺を、なぜわざわざ起こしたのか?

 直前の記憶を思い出そうとしたとき、遮るように少女が俺に指さしして、また話しかけてきた。


「ん!」


 言葉が伝わらない俺にもわかるように、相槌やジェスチャーで会話してくれるらしい。優しい子だ。

 だがなぜ俺に指さししたのかがわからない。


「なんかついてる?」


 身振り手振りを大袈裟にして、自分の体を見る仕草をする。


「んーんっ!」


 首を振り、俺の行動が的外れなことを教えてくれた。


「ん!」


 彼女はもう一度指をさした。今度は少し俺の体からズレた場所、どうやら真後ろの壁をさしていたようだ。


「あぁ、後ろか」


 振り向くと、そこには黒い服を着た男がいた。近くの壁の隅にうずくまっており、寝ているように見える。

 こいつが何なんだ?

 他にも何かあるのかと思い目を凝らすと、もう一人男がいることに気がついた。彼は壁の隅ではなく、裏路地のど真ん中で横たわっており動かない。最初は寝ているのかと思ったが、その姿の異様さから駆け寄らずにはいられなかった。


「えっ」


 男は見覚えのある黒い頭巾をかぶっていたが、問題はそこではなく彼の手の方だ。指と腕があらぬ方向に曲がっていたのだ。


「え?こいつ」


 ここでやっと寝る直前の全てを思い出し、だからこそ現状が把握できなかった。不安で仕方なく、思わず年下の少女に助けを求めてしまった。


「これ!どうしよ……」


 彼女は不思議そうに首をかしげた。何もする気はないらしい。


「えぇ……」


 考えたいこと、確認したいことは山積みだったが、状況がそれを許さない。男に向き合い、折れてない方の腕の脈を確かめる。

 生きていた。よかった。強く頭でも打ったのか、気絶している。

 もう一方の男も生きており、こちらもやはり気絶していた。男の周りをうろつきながら状況整理をする。

 取り押さえられたあと、あまりハッキリとは覚えてないが、俺はこいつらをどうにかしたらしい。そうじゃなかったらあのまま蹴飛ばされて俺は死んでいるはずだ。うずくまってる男も腕が折れてる男も俺がやったのか? だとしたら死んでなくてよかった。危うく殺人犯になるところだ。

 あと一人居たはずだが、そいつはこの際どうでもよかった。問題なのは、おそらく現場をこの子は見ていたということだ。

 少女の動向を伺うため視線を向ける、彼女はただ突っ立って不思議そうにこちらを見つめるだけだった。

 このままだと警察か、自警団とかに捕まるかもしれない。少なくともこの子をここで口封じしなければ、いつかそうなるに決まっている。


 恐ろしい考えが頭によぎった。

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