一章-8 誰かは見ている
どうも仰向けの状態らしい。ボヤけた視界の中で三つのうごめく影が見えた。しばらくして感覚と意識が戻り、状況を把握できるようになってきた。男の方に突っ込んで、捕まって、それから。
がばっと跳ねるように体を起こす。
一瞬場が凍りつき、男達と目が合った。
取り囲んでいたのは三人の男だった。なんか増えている。俺を中心に群がるそれは、まるで死肉を漁る動物のようだった。
そんな男の一人が手にしていた物。俺のカーディガンだ。
「なにしてんだクソっ!!」
俺の声を皮切りに、乱闘が始まった。今まで人と殴り合いの喧嘩なんてしたことはない。だからか、すでに自分は被害を受けた側なのにも関わらず、殴りかかることができなかった。
こちらは飛びついて、カーディガンを奪い返すことしか頭に浮かばなかったが、相手は違った。当たり前のように殴るわ、蹴るわ。終いには二人がかりで地面に叩きつけられた。
「うぐっ!」
人は本気になると、ここまで痛みを与えることができるのか。初めて知った。痛くて力が入らない。
父親の躾は本当に手を抜いてくれていたんだなと改めて実感し、なぜかこの状況でそれに対し涙が出た。
「はぁっはぁっ」
ここまで来ると諦めがついた。三対一で勝てるわけがない、いやそもそも一対一でも負けている。二人がかりで地面に押さえつけられて、出来ることなんてもう何もなかった。
「クソが!
ふざけんなよお前ら!
つか三人がかりで恥ずかしくねぇのか!」
言葉が通じないことはわかっていても、負け惜しみを言わずにはいられなかった。
三人目が俺の顔の近くに立ち、足を高く振り上げる。思い切り頭を蹴飛ばす気だ。首の骨なんて簡単に折れることは想像に難くない。
ダメだ、殺される。
拘束を振り解けないことは百も承知だった。そもそもこれが夢の可能性だって、まだあった。
それでも死の恐怖を前に諦めることはできず、体は自然になすべきことを成した。腕立ての要領で上体を起こし、両腕を無我夢中で振り回す。男たちの体重を感じさせないほど自由に。
「っふうううう!!はぁ!!
っふうううう!!はぁ!!」
気づけば、声が出るほどおかしな呼吸をしながら俺は立ち尽くしていた。
「ふうううっ!はっ!はっ!」
おかしい、息が出来ているのに苦しい。
「ふうううっ!うっ!ふっ!」
強烈な目眩と吐き気に襲われ、悪寒は止まらず汗が吹き出てくる。胸から喉元にかけて、締め付けるような激しい痛みが襲った。
あまりの苦しみに立っていられない。
首元を片手で押さえながら大通りに向かって這った。今すぐ誰かに見つけて貰えなければ死ぬ。大通りまでは約5m。必死にもがいたが、意思に反して動きは鈍っていく。
気づけば息も出来なくなっていた。頭が痛い。胸が痛い。腹が痛い。たった2mほど進んだところで、体の自由は痛みに奪われた。
嫌だ、苦しい、痛い、助けて。そう心から願うと、体の底からマグマのように煮えたぎる熱いものが這い出てきた。それはあの汚い黄色ではなく透明だった。こんなのははじめて見た。
「はぁー……はぁー……」
それからは一気に呼吸が整って、意識もハッキリとした。先ほどの死ぬと思うほどの痛み、苦しみ、悪寒もまるでウソだったかのように一瞬にして消え去った。
苦しみは消えたが、ひどい疲労で立ち上がることもできない。とにかく横になりたくて、そのまま吐瀉物の横に倒れ込んでしまう。
「ああ……よかった。はぁ……過呼吸か?」
涙を拭っていると、今度は強烈な睡魔に襲われた。ひどい苦痛から解放される生の実感。その安堵感から何も考えられず、抗えなかった。




