一章-7 帰る場所はないけれど
結局この日は何もできなかった。このまま残っても仕方ないので、逃走経路として計画した最短ルートで帰ることにした。直前に計画したこの逃走経路は、何度か人通りの少ない裏路地を通る。ここはいっそう暗く静かで、足元はほぼ見えない。だが案外凹凸は少なく、つまずくようなことは起きなかった。
街と外の境目に最も近い最後の裏路地に入り、うなだれながら歩いていた時だった。道の端、壁にもたれかかっていた真っ黒な塊が、ゆっくりと立ち上がる。
「え」
ボロい麻布の頭巾をかぶった男だった。
少し怖いが、背を見せると襲われそうな気もする。だからこそあえて目線も向けず、少し距離を取ってすれ違うことにした。歯を食い締めながら、平然を装い端っこを歩く。
すると行手を阻むかのように、男がゆらりと合わせてきた。
一瞬、危険な奴かと思った。だがこれはどこでもよくあることだ。頭巾で前が見えてないせいだろう。酔っ払っているのかもしれない。
空気を読んで、今度は反対側に避けて歩く。男との距離は20mほどはあったため、衝突を避けることは容易だ。こいつが不審者でない限り。
男がまた合わせて来た。
毛が逆立った。
息を深く吸い込んで止めて、だらけていた腕を構える。踵に力を込め、振り向いて一歩を踏み込んだ。
「えっ」
そこには頭巾をかぶった男がいた。体が固まり、踏み込んだ足を地面から離せない。
振り向き返っても、やはり男はいた。まったく同じ格好をした二人組による挟み撃ちだ。
「はぁっはぁっ」
パニックになった俺は、こいつらが誰なのか、何が目的なのか、なぜ俺なのか、何も考えがまとまらなかった。
とりあえず命の危機であることは確かだ。
じりじりと寄ってくる男二人から逃げ出す手段も、何も思い浮かばない。
レンガ作りの壁はとても素手で登れるようには見えない、それに屋根まで5mはある。逃走は不可能だ。
来た道にいる方の男に突っ込んで行って、そのまま大通りまで無理矢理戻るしかない。
そうと決まればすぐに行動に移す必要があった。二人がかりで捕らえられたら、まず勝てないだろうからだ。それぞれが孤立している今、この瞬間以外にチャンスがない。もたもたしていると二人が合流してしまう。
両手を胸のあたりに構えて、前傾姿勢で突撃する。ぶつかる瞬間に思い切り腕を振り上げて、相手の体を突き飛ばすためだ。
息を止め、全身を力ませ無言で走る。
男との距離が縮まるにつれ、無意識に目を閉じていってしまう。だが互いの体がぶつかり合う直前、男が手慣れた様子で大きく両手を広げ、捕まえる姿勢を取ったのが見えた。
関係ない。タックルしてそのまま勢いで押し倒せばいい。相手の胸からアゴめがけて思い切り腕を振り上げた。
「あああ!!」
5mほど先に大通りが見えた。目の前に男はいない。
どうやら押し倒すことに成功したらしい。このまま踏んづけて走れば大通りに出られる。あとは酒場にでも転がり込むだけだ。そう思い足を動かすも、全く前に進まない。足を掴まれているのか。
下を見ると、そこにあったのはただの地面。足が見当たらなかった。
「えっ」
かわりに視界の隅に黒い麻布が見えた。男の頭と背中だ。男の左肩にうつ伏せの状態で抱え上げられてしまっていた。これでは足をバタつかせても進めるわけがない。
「くそっ!」
それに気づき即座に頭を右手で掴み引き寄せて、男の体勢を崩そうとした瞬間。
ぐんっと地面が顔に迫って来た。男の頭から手を離し、咄嗟に両手で顔を守る。
男が体勢を崩し逃げるチャンスができたと思っていたが、そうではなかった。この男は自ら体を海老反りにしたのだ。まるで、両手で持ち上げた斧を振り下ろすかのように。
強い力で後ろへ引かれ、体が鞭のようにしなる。
「ちょっとまっ……」




