一章-5 ひとりぼっちの昼食
街を出た俺は湖近くの適当な岩に座って休憩することにした。太陽はもう真上を通り越した。おそらく2時あたり、6時間以上は歩きっぱなしだった。足をもっと休めたいため、やはり近くの芝生に寝転がり改めて考えを巡らせる。
夢ではない気がしてきて、冷や汗が止まらなかった。よくよく考えてみると、TV番組なわけがない。一般人を急に拉致するなんて昭和の番組でも出来ないことだろう。ではなぜこんな所にいるのか、そのヒントになるものもない。
寝たまま太ももを強くつねると、痛みで顔が引きつった。強い日差しを浴びながら、全身の毛が逆立つ。これは悪い夢だと信じたいが、朝から五感で感じてきた全ての情報がそれを否定する。
そういえば昨日は何をしていたのか。昼頃に起きて、髪を切りに行き、ちょっとした菓子やらを買ってから家に帰ったはずだ。そこまではハッキリと記憶に残っていてイメージすること出来たが、その先が進まない。眉間にしわをよせ、思い出そうと必死になっていたときだった。
今すぐに何かを口にしろと、胃袋に思考が支配された。起きてから飲まず食わずで歩き続けていたのだから当たり前だ。腹の音を聞いてから急に喉が渇き、早足で湖に向かいよく観察する。今までまったく気づかなかったが、日本ではなかなか見れないような透明で綺麗な湖だった。
あの様子だと住民も飲水にしていそうだったし、無理そうなら吐き出せばいい。そう分かっていても、口がなかなか言うことを聞かない。自分ではこういう野生的な行為に抵抗がない方だと思っていた。だが全く知らない土地の水を、何の気無しに飲めるほどの男気もなかった。
それでも背に腹はかえられず、口に含むことを決めたのはよかった。ただ含むと途端に喉が勝手に動き出し、安全かどうか判断する前にごくりと飲み込んでしまった。そこからは早かった。豪快に飲み進めると水底の土が巻き上がり、あんなに澄んでいた水が一瞬にして汚れてしまった。だが少し離れればまた綺麗な水がある。飲んでは歩いてを繰り返し、満足して芝生まで戻り寝転がった。
昨日のことはハッキリ思い出せない、ここがどこなのかどうやって来たかわからない、言葉の通じる人はいない。ただ確かなのは、腹は減るし疲れるし、つねると痛いということだけ。
今までは現実逃避からか楽観視していた現状を、ようやくありのままに捉えられるようになってきた。
水で誤魔化しても、やはり腹の辺りに穴が空いたような感覚を覚える。
なんでもいいから食えるものを得なければならない。どこでもいいから居場所をつくらなければならない。誰でもいいから話せる人を探さなければならない。できる限り早く、ここがどこか特定しなければならない。
そして家に帰らなければならない。
生まれてはじめて両手で頭をかきむしった。とりあえず、これからの行動方針を決めなくてはならないが、まずは街に戻る以外の選択肢はない。食い物が必要だ。そんな事を考えていると、手には財布が握られていた。
「あ、そっか!」
今までなぜ気づかなかったのか不思議なくらいだが、ようやくここで自分の持ち物を確認しはじめた。
男は基本、ポケットに無理矢理でも物を詰める。俺もそうで、左にスマホ。右に財布だ。
スマホは、やはり圏外でネットも使えなかった。ただ持っているだけで少し安心する。写真フォルダを漁り暇潰ししていると、目に涙が滲んだ。
財布の中身も確認したが、やはり昨日は床屋に行き、近所のスーパーで菓子を買っている。レシートの日付がそれを示していた。記憶は正しかった。
日本円は使えるわけがない。だがねだって貰えるようにも思えないし、そもそももう住民に近寄りたくない。
この場は夢かもわからない、だがこの空腹は紛れもなく現実だ。食わねば死ぬ。
食うためなら、なんでもしなくてはならない。




