一章-3 誰かを探して
頭をかき、ぶつぶつボヤきながら状況を整理する。
「昨日まで冬だったー。起きたら夏でー、しかも草原のど真ん中にいるー。来た覚えはないー」
ここまで来ると逆に安心した。どう考えても夢だ。これがいわゆる明晰夢というやつらしい。
これが夢だと思うと、さっきまでの動揺がバカらしくなり無性に元気が出てきた。とりあえず走り回ってみる。
夢といえば、その個人の記憶から作られるものと聞いたことがある。だがこんな綺麗な草原は人生で一度も直に見たことがない。草原といえばまさにコレだといった感じだから、そういうものなのかもしれないが。
そんなことを考えながら走っていると、2分ほどで汗が垂れて息切れしてきた。
冬用のカーディガンを脱いで放り投げ、滑るように地面に倒れ込んだ。仰向けに寝転んで乱れた呼吸を整える。今まで吸ったことのない新鮮な空気が体を癒してくれた。夢の中でもしんどさを感じるとは。
「明晰夢ってすげーなー……」
ふと、手元にある草を引っこ抜いてみた。草は根を生やし、その根は湿った土をしっかり掴んで落とさない。
こめかみに汗が垂れた。走ったからか。
大丈夫だ。そう自分に言い聞かせなければ、現状を肯定できず何も行動を起こせなかった。
ゆっくりと体を起こし、準備運動をする。もし夢じゃなかったとしたら、テレビだろうが友達の悪ノリだろうが、やっぱりドッキリ看板がどこかから出てくるはずだ。おそらく、まだ俺に見てほしい何かがあるから出てこないのだろう。今日一日ハチャメチャに過ごして撮れ高を確保してやれば、すぐに終わって日本に帰れるはずだ。
夢なら夢でいい、それもいつか終わるはずだ。
そうと決まればやることは一つだった。さきほど投げたカーディガンを拾い上げ、湖に向かい歩き始める。おそらく釣り人くらいはいるだろう。そこまでの距離は遠く、2時間ほどはかかるように見えるが歩くのは苦でなかった。
それはおそらく、このときの俺はただ不安で誰でもいいから近くに人がいる環境を欲したからこそ、力が湧いたのだろう。
誰かを見つけるには、何もない見知らぬ草原を一人で歩き続けるほかなかった。
これが俺の異世界転生、はじめの一歩だった。